・・・ 第一中根の叔父が銀行の頭取、そのほかに判事さんもいた、郡長さんもいた、狭い土地であるからかねてこれらの人々の交際は親密であるだけ、今人々の談話を聞くと随分粗暴であった。 玄関の六畳の間にランプが一つ釣るしてあって、火桶が三つ四つ出・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・「今日は日曜で銀行がだめですから貴所の宅に預かって下さいませんか。私の家は用心が悪う御座いますから」と自分が言うを老人は笑って打消し、「大丈夫だよ、今夜だけだもの。私宅だって金庫を備えつけて置くほどの酒屋じゃアなし、ハッハッハッハッ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 商品とかえられて持ちだされてきいたルーブル紙幣は、十二銭内外で、サヴエート国内でただ一カ所密売買をやっている、浦潮の朝鮮銀行へ吸収されて行った。 鮮銀はさらに、カムチャッカ漁場の利権を買ってる漁業会社へ、一ルーブル十八銭――二十銭・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 五 村役場から、税金の取り立てが来ていたが、丁度二十八日が日曜だったので、二十九日に、源作は、銀行から預金を出して役場へ持って行った。もう昨日か、一昨日かに村の大部分が納めてしまったらしく、他に誰れも行っていなかっ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・と云って、五十恰好の女が何時でも決まった時間に、市役所とか、税務署とか、裁判所とか、銀行とか、そんな建物だけを廻って歩いて、「わが夫様は米穀何百俵を詐欺横領しましたという――」きまった始まりで、御詠歌のように云って歩く「バカ」のいたのを。と・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・停車場は銀行から二町もなかった。自家も停車場の近所だったから、すぐ彼はうちへ帰れて読みかけの本が読めるのだった。その本は少し根気の要るむずかしいものだったが、龍介はその事について今興味があった。彼には、彼の癖として何かのつまずきで、よくそれ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・彼はそれに乗って諸方馳ずり廻るには堪えられなく成って来た。銀行へ行くことも止め、他の会社に人を訪ねることも止め、用達をそこそこに切揚げて、車はそのまま根岸の家の方へ走らせることにした。 大塚さんが彼女と一緒に成ったに就いては、その当時、・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ここは会社と言っても、営業部、銀行部、それぞれあって、先ず官省のような大組織。外国文書の飜訳、それが彼の担当する日々の勤務であった。足を洗おう、早く――この思想は近頃になって殊に烈しく彼の胸中を往来する。その為に深夜までも思い耽る、朝も遅く・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・官省、学校、病院、会社、銀行、大商店、寺院、劇場なぞ、焼失したすべてを数え上げれば大変です。中でも五〇万冊の本をすっかり焼いた帝国大学図書館以下、いろいろの官署や個人が二つとない貴重な文書なぞをすっかり焼いたのは何と言っても残念です。大学図・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・その若い女のひとが、朝早く日本橋の或る銀行に出勤する。そのあとに私が行って、そうして四、五時間そこで仕事をして、女のひとが銀行から帰って来る前に退出する。 愛人とか何とか、そんなものでは無い。私がそのひとのお母さんを知っていて、そうして・・・ 太宰治 「朝」
出典:青空文庫