・・・喜三郎はいら立って、さりげなく彼の参詣の有無を寺の門番に尋ねて見た。が、門番の答にも、やはり今日はどうしたのだか、まだ参られぬと云う事であった。 二人は惴る心を静めて、じっと寺の外に立っていた。その間に時は用捨なく移って、やがて夕暮の色・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・イエルサレムにあるサンヘドリムの門番だったと云うものもあれば、いやピラトの下役だったと云うものもある。中にはまた、靴屋だと云っているものもあった。が、呪を負うようになった原因については、大体どの記録も変りはない。彼は、ゴルゴタへひかれて行く・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・「当時信行寺の住職は、田村日錚と云う老人でしたが、ちょうど朝の御勤めをしていると、これも好い年をした門番が、捨児のあった事を知らせに来たそうです。すると仏前に向っていた和尚は、ほとんど門番の方も振り返らずに、「そうか。ではこちらへ抱いて・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・三人はポルタ・ヌオバの門番に賂して易々と門を出た。門を出るとウムブリヤの平野は真暗に遠く広く眼の前に展け亘った。モンテ・ファルコの山は平野から暗い空に崛起しておごそかにこっちを見つめていた。淋しい花嫁は頭巾で深々と顔を隠した二人の男に守られ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・――中にも爾く端麗なる貴女の奥殿に伺候するに、門番、諸侍の面倒はいささかもないことを。 寺は法華宗である。 祖師堂は典正なのが同一棟に別にあって、幽厳なる夫人の廟よりその御堂へ、細長い古畳が欄間の黒い虹を引いて続いている。……広い廊・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・へい、墓場の入口だ、地獄の門番……はて、飛んでもねえ、肉親のご新姐ござらっしゃる。」 と、泥でまぶしそうに、口の端を拳でおさえて、「――そのさ、担ぎ出しますに、石の直肌に縄を掛けるで、藁なり蓆なりの、花ものの草木を雪囲いにしますだね・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ほんとうに、のびのびとした、いい日和がつづきましたので、お城の門番は、退屈してしまいました。どこからともなく、柔らかな風が花のいい香りを送ってきますので、それをかいでいるうちに、門番はうとうとと居眠りをしていたのであります。 ちょうど、・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・ じゃ、君は、留守番じゃない門番じゃないか!」「へへへ、それゃ、そうでやすな。」 よく聞くと、日本人が居さえすれば安全だ。そこで、支那人は、一日十円も出して、わざわざそいつを傭っているんだという。 ところで、俺れの加わった防備隊・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・ホテルを出ようとすると、金モオルの附いた帽子を被っている門番が、帽を脱いで、おれにうやうやしく小さい包みを渡した。「なんだい」とおれは問うた。「昨日侯爵のお落しになった襟でございます。」こいつまでおれの事を侯爵だと云っている。 ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・によって、それが表現されているのである。門番のおばさんでも、気の変な老紳士でも、メーゾン・レオンの亭主でも、悪漢とその手下でも、また町のオーケストラでも、やっぱり縦から見ても横から見てもパリの場末のそれらのタイプである。 レオンの店をだ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫