・・・この間中の女君の中で一番かけのない御方でございましょう、そんなことを申しては何でございますが若奥様よりもよっぽど何でございますよ」 女はまじめな熱心な様子ではなしをつづけて、「ネ、若様、あの方なら貴方様の御方様に遊ばしても御立派でご・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・春の暖さが、地面の底から、しんしんとわき出して、永い冬の間中、いてついて、下駄の歯の折れそうになって居た土を、やわらげて行くからなのである。 子供達は、背中まで、大きな はね を上げながら、いつともなし足袋をぬいだ足を、思うさまよごして・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ 人類が生活している間中には、どんなに早く駈け抜けて仕舞おうとしても馳け切れないものがあり、又、どんなに自分では縁を切った積りでも、生命のある限り他人にはなり切れないものが、奥底の底に在るのではあるまいか。 何と云っても、本当のもの・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
出典:青空文庫