・・・いや、時には作家自身の閲歴談と見られたが最後、三人称を用いた小説さえ「わたくし」小説と呼ばれているらしい。これは勿論独逸人の――或は全西洋人の用法を無視した新例である。しかし全能なる「通用」はこの新例に生命を与えた。「門前雀羅を張る」の成語・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・私は自分の閲歴の上から、どうしても詩の将来を有望なものとは考えたくなかった。たまたまそれらの新運動にたずさわっている人々の作を、時おり手にする雑誌の上で読んでは、その詩の拙いことを心ひそかに喜んでいた。 散文の自由の国土! 何を書こうと・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・アレだけの長い閲歴と、相当の識見を擁しながら次第に政友と離れて孤立し、頼みになる腹心も門下生もなく、末路寂寞として僅に廓清会長として最後の幕を閉じたのは啻に清廉や狷介が累いしたばかりでもなかったろう。四 沼南は廃娼を最後の使・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・これは閲歴の爛熟したものの免れないところである。そこで時々想像力を強大にする策を講ぜなくてはならない。それには苟くも想像力にうぶな、原始的な性能を賦し、新しい活動の強みを与えるような偶然の機会があったら、それを善用しなくてはならないと云うの・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・しかも、鴎外の実生活の閲歴は、人間の主観が客観の世間では誤って評価される場合もある悲劇を熟知しており、むごく扱われる結果のあるのも熟知している。作者の主観に足場をおいて達観すれば、やがて、そのような主観と客観との噛み合いを作家としての歴史の・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・という一篇をまとめたことは、彼女の作家的閲歴としてもプロレタリア文学史にとっても意味ふかいことであった。一人の労働者の若者を主人公として、その家庭的苦境と職場での日和見的勢力との苦闘を、当時の一つの階級的現実として描いた作品であった。苦渋な・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・この作品の書かれた時から数えれば、既に二十七年間に及ぶ作家生活の閲歴が「黒い行列」の背後に横わっていることを私達は知ります。 このように時間の推移を逆にさかのぼって、今日あるあなたという一人の婦人作家の性質を考えて見ると、私達は、あ・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・けれども、人間の歴史の嶮しい波の中での女の生きる姿という広さにおいてみれば、彼女が少女時代から歩んだ道は、彼女自身によっても個人的閲歴の域を溢れた意義をもって見られても、本来の謙虚を傷つけることではなかったろう。キュリー夫人が独特の性格で、・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・このような閲歴をもつユリウスの娘ケーテが良人として選んだカール・シュミットが、宗教の上で同じ自由宗教の見解をもつ青年であったことはむしろ当然であったし、その人柄が鋭敏な良心に貫かれている人であったこともうなずける。精神の活動力のさかんな祖父・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・故人の閲歴から見て、退職金は五十万円ぐらいで、自殺であるとそれっきりであるが、他殺であるなら殉職として、国鉄公社のしらべによると最低百万円をくだらないことになる。 故人は機械科出の技術者であった。そのポストが大整理という苦しい仕事に当面・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
出典:青空文庫