・・・ 松木は、防寒靴をはき、ズボンのポケットに両手を突きこんで、炊事場の入口に立っていた。 風に吹きつけられた雪が、窓硝子を押し破りそうに積りかかっていた。谷間の泉から湧き出る水は、その周囲に凍てついて、氷の岩が出来ていた。それが、丁度・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・つい、四五日前まで船に乗って渡っていた、その河の上を、二頭立の馬に引かれた馬車が、勢いよくがらがらと車輪を鳴らして走りだした。防寒服を着た支那人が通る。 サヴエート同盟の市街、ブラゴウエシチェンスクと、支那の市街黒河とを距てる「海峡」は・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 宿舎は、急に活気づいた。「おい、手紙は?」 防寒帽子をかむり、防寒肌着を着け、手袋をはき、まるまるとした受領の連中が扉を開けて這入ってくると、待っていた者は、真先にこうたずねた。「だめだ。」「どうしたんだい?」「奉・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ イワンは、口の中で、何かぶつぶつ呟きながら、防寒靴をはき、破れ汚れた毛皮の外套をつけた。「戦争かもしれんて」彼は小声に云った。「打ちあいでもやりだせゃ、俺れゃ勝手に逃げだしてやるんだ。」 戸外では若い馭者が凍えていた。商人は、・・・ 黒島伝治 「橇」
一 十一月に入ると、北満は、大地が凍結を始める。 占領した支那家屋が臨時の営舎だった。毛皮の防寒胴着をきてもまだ、刺すような寒気が肌を襲う。 一等兵、和田の属する中隊は、二週間前、四平街を出発し・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・汽車には宵のうちから糧秣や弾薬や防寒具が積込まれた。夕闇が迫って来るのは早く、夜明けはおそかった。 栗本は、長い夜を町はずれの線路の傍で、幾回となく交代しつゝ列車の歩哨に立った。朝が来るのを待って兵士達は、それに乗りこんで出発するのだ。・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・氷に滑べらないように、靴の裏にラシャをはりつけた防寒靴をはき、毛皮の帽子と外套をつけて、彼等は野外へ出て行った。嘴の白い烏が雪の上に集って、何か頻りにつゝいていたりした。 雪が消えると、どこまで行っても変化のない枯野が肌を現わして来た。・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・毛皮の防寒服を着て、戸外に兵士が立っていた。日本兵のなすに足らざるを言って、虹のごとき気焔を吐いた。その室に、今、垂死の兵士の叫喚が響き渡る。 「苦しい、苦しい、苦しい!」 寂としている。蟋蟀は同じやさしいさびしい調子で鳴いている。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・あばれる子熊の横顔へ防寒長靴をはいた人間の足がいくつも飛んで来る。これも人間の立場からは当然であろう。やがて魂の抜けた親熊の死骸が甲板につりおろされると、子熊はいきなり飛びついて母の首筋に食らいついて引きずり出そうとするような態度を見せる。・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ 日本では、土壁の外側に羽目板を張ったくらいが防寒防暑と湿度調節とを両立させるという点から見てもほぼ適度な妥協点をねらったものではないかという気がする。 台湾のある地方では鉄筋コンクリート造りの鉄筋がすっかり腐蝕して始末に困っている・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫