・・・病院に着いて、二階の一室に案内せられ、院長の診察を受けたりしていると、間もなく昼飯時になった。父は病院の食物を口にしたくなかったためであろう。わたくしをつれて城内の梅園に昼飯を食べに出掛けた。その頃、小田原の城跡には石垣や堀がそのまま残って・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・僕だって、とにかくこうやって病院をはじめれば、まあ、院長じゃないか。五円いくらぐらいきっと払うよ。そうしてくれ給え。」ペンキ屋「だって、病院だって、人の病院でもないんでしょう。」爾薩待「勿論さ。植物病院さ。いまはもう外国ならどこの町・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・ それに、あそこの院長はんが親切なお人で、何んでも廉うしとくれやはるんさかい。「そんなら十円あれば、まあええのやな。 そう云うわけやったら私も、どうぞして十円ずつは出してもらうようにしよう。「出してもらう? 誰にえ。「月・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・まず第一に昔友達の安倍能成氏が院長をやっていることを彼流に大笑いしたにちがいない。どうだい、オイケンの翻訳と、どっちがおもしろいかい、と云って。それから、いまでもやっぱり目黒の秋刀魚かい、と云いはしなかったろうか。これは学習院の学生達のみち・・・ 宮本百合子 「日本の青春」
・・・その筆頭はスクータリー病院の院長ホール博士と連隊長連であった。女と戦争と何の関係があるのか。彼らはこの観念から抜けられなかった。軍医、看護卒、看護婦、病院関係の諸役人と大臣たちも、ナイチンゲールを天使とは考えられない人々の群であった。おそろ・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・「一寸まって下さい」 暫くすると、白い手術着を着た若い医師が手紙片手に出て来た。「院長は今日保健省へ行きましたが、当直医員の案内でもいいですか?」 自分は、体を見て貰うのじゃない。ソヴェト同盟では、あらゆる勤労婦人に出産前後・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・孤児院の仲間の女の子の性格、マリイ・エエメ教姉のかくされた激しい情緒が迸る姿、院長の悪意。実によく短いはっきりした筆で描写され、とくにマリイがヴィルヴィエイユの農園の羊番娘としての生活の姿は、四季の自然のうつりかわりと労働の結びつきの中に、・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・一人は富田という市病院長で、東京大学を卒業してから、この土地へ来て洋行の費用を貯えているのである。費用も大概出来たので、近いうちに北川という若い医学士に跡を譲って、出発すると云っている。富田院長も四十は越しているが、まだ五分刈頭に白い筋も交・・・ 森鴎外 「独身」
・・・しかし、これらの憐れにも死に逝く肺臓の穴を防ぎとめ、再び生き生きと活動させて巷の中へ送り出すここの花園の院長は、もとは、彼の助けているその無数の腐りかかった肺臓のように、死を宣告された腐った肺臓を持っていた。一の傷ついた肺臓が、自身の回復し・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫