・・・〔『日本』明治三十二年四月九日〕 世に『万葉』を模せんとする者あり、『万葉』に用いし語の外は新らしき語を用いず、『万葉』にありふれたる趣のほかは新しき趣を求めず、かくのごとくにして作り得たる陳腐なる歌を挙げ、自ら万葉調なりという、こ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・いきおい陳腐な本質の粉飾としての形式主義に、芸術至上主義に堕さざるを得ない。 この点プロレタリア作家は全く根底を異にしていると思う。プロレタリア作家こそプロレタリア階級の発展の各モメントとともに発展し得る。プロレタリア作家が唯物弁証的把・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ 男や軍人が書いたのでは陳腐だというので、警察官の女房などにわざわざ「満州里遭難血涙記」を書かせ、公爵近衛文麿の戦争をけしかける論文。今ジェネヴで「泥棒にも三分の理」にさえならぬ図々しい屁理屈をこねている日本帝国主義の三百代言松岡洋右の・・・ 宮本百合子 「『キング』で得をするのは誰か」
・・・――和歌や俳句の夥しい駄作で、こうも陳腐化されなかった太古の。―― 今、若葉照りの彼方から聞えて来るその声は、私に、八月頃深い山路で耳にする藪鶯の響を思い出させた。板谷峠の奥に、大きい谿川が流れて居る。飛沫をあげて水の流れ下る巖角に裾を・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・にしろ、女の肉体の老いと社会的野心或は金銭の慾のくみ合わせが、その本質の陳腐さにかかわらず、作者の興味をひくのだろうかと、人工的な照明の下にあやつられている「絶壁」の男女の姿を眺めたにすぎなかったと思う。ところが、不思議なことに、その作品の・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・明月谷という名は、陳腐なようで、自然の感じを思いのほか含んでいる。家の縁側に立って南を見ると、正面に明月山、左につづく山々、右手には美しい篁の見えるどこかで円覚寺の領内になっていそうな山々、家のすぐ裏には、極く鎌倉的な岩山へ掘り抜いた「やぐ・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・林房雄氏は陳腐なリアリズム否定論者として浪曼主義に賛成し、新感覚派の時代から自然主義的、現実主義的文学方法に絶えざる反撥をつづけて来た横光利一、川端康成、佐藤春夫その他、市井談議一般に倦怠し、同時にリアリズムを更に高めゆく歴史的努力への根気・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 同じ歴史のうちに生きながら、共産主義者の負う運命は、さながら自身の良心の平安と切りはなし得るものであるかのように装う、最も陳腐な自己欺瞞と便宜主義が、日本の現代文学の精神の中にある。この天皇制の尾骨のゆえに、一九四〇年ごろのファシズム・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・うんと陳腐な所謂変態心理と性慾を、最も拙劣な筋書きで見せてる。 ――レヴューは? ――ソヴェト式レヴューがあるよ。 ――オペレットは? ――ある。でも、やっぱりソヴェト式だ。 ――……ついでだから、どうだい一つ見て来た芝・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ある人はそれを陳腐と呼ぶだろう。しかし予は陳腐なるものの内に新しい生命を見いだした喜びを語るのである。陳腐なる殻のうちに秘められたる漿液のうまさを伝えようとするのである。陳腐なるものは生命を持たないとする固定観念に捉われたものは、まずその鈍・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫