・・・夕刊売りや鯉売りが暗い火を点している省線の陸橋を通り、反射燈の強い光のなかを黙々と坂を下りてゆく。どの肩もどの肩もがっしり何かを背負っているようだ。行一はいつもそう思う。坂を下りるにつれて星が雑木林の蔭へ隠れてゆく。 道で、彼はやはり帰・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・昔の御院殿坂を捜して墓地の中を歩いているうちに鉄道線路へ出たがどもう見覚えがない。陸橋を渡るとそこらの家の表札は日暮里となっている。昨日の雨でぐじゃぐじゃになった新開街路を歩いているとラジオドラマの放送の声がついて来る。上根岸百何番とあるか・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・ 或るステーションを通過し構内へさしかかると、大きな木の陸橋が列車の上に架けられているのを見た。それは未完成でまだ誰にも踏まれない新しい木の肌に白い雪がつもっている。美しい。五ヵ年計画はソヴェトの運輸網を、一九二八年の八万キロメートルか・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・木の陸橋だ。下を鉄道線路が通っている。前を三人若いコムソモルカらしい労働婦人が足を揃え、雨をかまわず熱心にしゃべりながら歩いて行く。こんなことを云ってる。 ――馬鹿なのよ! あいつ! ――馬鹿って云うより、無自覚だ。だって、もうあの・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 動坂の上にたって今日東の方を眺めると、坦々たる田端への大通りの彼方にいかにも近代都市らしい大陸橋が見え、右手には道灌山の茂みの前に大成中学校の建物が見える。それにつづいて上野の森がある。 焼けなかった頃の動坂は、こまかい店のびっし・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・工場のひけ時で人通りの激しい夕暮の長い陸橋の上で電燈が燦きはじめた。田舎の間を平滑に疾走して来た列車は、今或る感情をもって都会へ自身を揉み入れるように石崖の下や複雑な青赤のシグナルの傍を突進している。 睡っていた百姓風の大きい男は白毛糸・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・左右は、おそろしく高い切り通しの石だたみで、二つの崖をつなぐ鉄の陸橋が、宵空に太く黒く近代都市らしい輪郭を浮き出させている。この高台は、昔東京の海がずっと深く浅草附近まで入りこんでいたそれより昔、武蔵野の突端をなして、海へきっ立っていた古い・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・高架鉄道陸橋は四階の窓と窓とを貫通した。 タクシーがちらほら走った。 おや、しゃれた警笛が鳴るじゃないか。なるほど乗合自動車はやっとロンドン市自用車疾走区域に入った。 汽船会社が始まった。また汽船会社がある。何とかド・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫