成瀬君 君に別れてから、もう一月の余になる。早いものだ。この分では、存外容易に、君と僕らとを隔てる五、六年が、すぎ去ってしまうかもしれない。 君が横浜を出帆した日、銅鑼が鳴って、見送りに来た連中が、皆、梯子伝いに、・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・そこで一日一日と人間とクサカとを隔てる間が狭くなった。クサカも次第に別荘の人の顔を覚えて、昼食の前半時間位の時になると、木立の間から顔を出して、友情を持った目で座敷の方を見るようになった。その内高等女学校に入学して居るレリヤという娘、これは・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ と、なぜか中を隔てるように、さし覗く小県の目の前で、頭を振った。 明神の森というと――あの白鷺はその梢へ飛んだ――なぜか爺が、まだ誰も詣でようとも言わぬものを、悪く遮りだてするらしいのに、反感を持つとまでもなかったけれども、すぐに・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・それを政夫さん隔てるの嫌になったろうのと云うんだもの、私はほんとにつまらない……」 民子は泣き出しそうな顔つきで僕の顔をじいッと視ている。僕もただ話の小口にそう云うたまでであるから、民子に泣きそうになられては、かわいそうに気の毒になって・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・そうして、いつのまにか映画と実際との二つの世界の間を遠く隔てる本質的な差違を忘れてしまっているのである。あらゆる映画の驚異はここに根ざしこの虚につけ込むものである。従って未来の映画のあらゆる可能性もまたこの根本的な差違の分析によって検討され・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・口を開けて鰯を吸う鯨の待ち構えている所まで来るやいなやキーと軋る音と共に厚樫の扉は彼らと浮世の光りとを長えに隔てる。彼らはかくしてついに宿命の鬼の餌食となる。明日食われるか明後日食われるかあるいはまた十年の後に食われるか鬼よりほかに知るもの・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
出典:青空文庫