・・・「雁来紅」という奇妙な映画で、台湾の物産会社の東京支店の支配人が、上京した社長をこれから迎えるというので事務室で事務成績報告の予行演習をやるところがある。自分の椅子に社長をすわらせたつもりにして、その前に帳簿を並べて説明とお世辞の予習を・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・一本の雁来紅は美しき葉を出して白い干し衣に映って居る。大毛蓼というものか馬鹿に丈が高くなって薄赤い花は雁来紅の上にかぶさって居る。 さっきこの庭へ三人の子供が来て一匹の子猫を追いまわしてつかまえて往ったが、彼らはまだその猫を持て遊んで居・・・ 正岡子規 「飯待つ間」
・・・萩もまだ盛りとゆかず、僅に雁来紅、百日紅、はちすの花などが秋の色をあつめている。然し、人気なく木立に蝉の声が頻りな中に、お成座敷の古い茅屋根の軒下に繁る秋草などを眺めると、或る落付きがある。私共は座敷にある俳句を読んだりした。「どうです・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
紫苑が咲き乱れている。 小逕の方へ日傘をさしかけ人目を遮りながら、若い女が雁来紅を根気よく写生していた。十月の日光が、乾いた木の葉と秋草の香を仄かにまきちらす。土は黒くつめたい。百花園の床几。 大東屋の彼方の端・・・ 宮本百合子 「百花園」
出典:青空文庫