・・・「ところがこれが難物なのじゃ。康頼は何でも願さえかければ、天神地神諸仏菩薩、ことごとくあの男の云うなり次第に、利益を垂れると思うている。つまり康頼の考えでは、神仏も商人と同じなのじゃ。ただ神仏は商人のように、金銭では冥護を御売りにならぬ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・僕という難物の存在がいけないんだ。全くこんどは北さんもお気の毒だったよ。わざわざこんな遠方へやって来て、僕たちからも、また、兄さんたちからも、そんなに有難がられないと来ちゃ、さんざんだ。僕たちだけでも、ここはなんとかして、北さんのお顔の立つ・・・ 太宰治 「故郷」
・・・もっともこの空間論も大分難物のようで、ニュートンと云う人は空間は客観的に存在していると主張したそうですし、カントは直覚だとか云ったそうですから、私の云う事は、あまり当にはなりません。あなた方が当になさらんでも、私はたしかにそう思ってるんだか・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・これは少々難物だ。 余計な謙遜はしたくない。骨を折って自家の占め得た現代文壇における地位だけは、婉曲にほのめかして置きたい。ただしほのめかすだけである。傲慢に見えてはならない。 ピエエル・オオビュルナンは満足らしい気色で筆を擱いた。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・体はみたところ肥って、陽に焼けてしっかりしたようだそうだけれど、神経がどうこう、気持がどうこうというわけで、そちらの方が難物です。私も気にしているけれど、お医者様への手紙には「うちのものには絶対に言ってくれるな」と念をおしているそうだし、一・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫