・・・ 下 此二人の少女は共に東京電話交換局でから後も二三度会って多少事情を知って居る故、かの怪しい噂は信じなかったが、此頃になって、或という疑が起らなくもなかった。というのもお秀の祖母という人が余り心得の善い人でな・・・ 国木田独歩 「二少女」
京橋区三十間堀に大来館という宿屋がある、まず上等の部類で客はみな紳士紳商、電話は客用と店用と二種かけているくらいで、年じゅう十二三人から三十人までの客があるとの事。 ある年の五月半ばごろである。帳場にすわっておる番頭の・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・ 私は自分の娘が監獄にはいったからといって、救援会にノコ/\やってくるのが何だかずるいような気がしてならないのですが…… 娘は二三ヵ月も家にいないかと思っていると、よく所かつの警察から電話がかゝってきました。お前の娘を引きとるの・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・ 龍介は街に入ると、どこかのカフェーに入って、Sに電話をかけてみようと思った。が彼の通ってゆく途中の一軒一軒が、彼を素直な気持で入らせなかった。結局、彼は行きつけの本屋に寄って、電話を借り、Sにかけた。交換手がひっこんで、相手が出る、そ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・今までかけちごうて逢わざりければ俊雄をそれとは思い寄らず一も二も明かし合うたる姉分のお霜へタッタ一日あの方と遊んで見る知恵があらば貸して下されと頼み入りしにお霜は承知と呑み込んで俊雄の耳へあのね尽しの電話の呼鈴聞えませぬかと被せかけるを落魄・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「いずれ会社のものを伺わせます、その節は電話で申上げますッて、そう言ってくれ給え」 と附添えて言った。大塚さんが客を謝るというは、めずらしいことだった。 書生が出て行った後、大塚さんはその部屋の内を歩いて、そこに箪笥が置いて・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・章坊は、「今度は電話だ」と言って、二つの板紙の筒を持って出てくる。筒の底には紙が張ってあって、長い青糸が真ん中を繋いでいる。勧工場で買ったのだそうである。章坊は片方の筒を自分に持たせて、しばらく何かしら言って、「ね、解ったでしょう?・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・たとえば、僕のうちの電話番号はご存じの通り4823ですが、この三桁と四桁の間に、コンマをいれて、4,823と書いている。巴里のように 48 | 23 とすれば、まだしも少しわかりよいのに、何でもかでも三桁おきにコンマを附けなければならぬ、と・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・やがて佐吉さんから私に電話がかかって来て、れいの所へ来いということだったので、私はほっと救われた気持で新しい浴衣に着更え、家を飛んで出ました。れいの所とは、お酒のお燗を五十年間やって居るのが御自慢の老爺の飲み屋でありました。そこへ行ったら佐・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・それに、電話がすぐそばにあるので、間断なしに鳴ってくる電鈴が実に煩い。先生、お茶の水から外濠線に乗り換えて錦町三丁目の角まで来ておりると、楽しかった空想はすっかり覚めてしまったような侘しい気がして、編集長とその陰気な机とがすぐ眼に浮かぶ。今・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫