・・・一方からは、その単調さと異様な鼓膜の震動とで神経も空想も麻痺するモウタアの響がプウ……と、飽きもせず、世間の不景気に拘りもせず一日鳴った。片方の隣では、ドッタンガチャ、ドッタン、バタパタという何か機械の音に混って、職工が、何とか何とかしてス・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・而も絃のように張られていつも敏感に震動数高く世界史とかかわりあわずにはいられない日本。いつも笑っていると云われるその日本の女の骨惜みしない心の顔は、自身の言葉として何をのぞみ何をもとめているだろう。私の命のなかにその声が響いていないと誰が云・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・復讐であるから、文学の世界に現実をどうみるかというような考えは無用であると云われた四年ほど前の言葉の唾は、余り自由に心地よくひろく高くはねとばされて、その後四年たって面上に落ちかかって来たときは、その震動の激しさで、外ならぬその発言者が顛動・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・それ故、貨物自動車が尨大な角ばった体じゅうを震動させながら、ゴウ、ゴウと癇癪を起し焦立つように警笛を鳴し立てても、他の時ほど憎らしくはない。自動車も家に帰りたい! このように、散歩で私はいろいろ楽しんだが、一つ困ることがあった。 そ・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・この掌に伝わる頼もしい震動はどうだ。ふむ。感じの鋭い空気奴、もう南風神に告げたと見える、雲が乱れる。熱気が立ち昇る。ミーダほうれ!よしよし。この動物の血で塗りかためた、貴様等同族の髪毛の鞭が一ふり毎に億の呪いをふり出すか、兆の狂暴を吐出・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 外の往来をトラックが通るひどい音がし、ブルルル新聞社の建物全体が震動した。一人が思い出したように立って、室の隅の水道栓のところで含漱を始めた。社長は次の室へ去った。―― 階子口のところへ、給仕娘の顔が出た。「ジェルテルスキーさ・・・ 宮本百合子 「街」
・・・おや地震か、と思う間もなく、震動は急に力を増し、地面の下から衝きあげてはぐいぐい揺ぶるように、建物を軋ませて募って来る。 これは大きい、と思うと私は反射的に机の前から立上った。そして、皆のいる階下に行こうとし、階子口まで来はしたが、揺れ・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・それは第二部で、メフィストフェレスがファウストの旧宅に這入った時、家が震動してエストリヒから土が落ちると云うことがある。エストリヒとは床である。それが天井に使ってある。しかし土が落ちるとしてあったので、これは私が誤らずに済んだ。九・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫