・・・ ことしの秋になって病気のぐあいがだいぶよくなったし、医者も許しまたすすめてくれたので、どこかへためしに行ってみようと思うと、あいにくなもので時候はずれの霖雨がしばらくつづいて、なかなか適当な日は来なかった。やっと天気がよくなって小春の・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・われ浮世の旅の首途してよりここに二十五年、南海の故郷をさまよい出でしよりここに十年、東都の仮住居を見すてしよりここに十日、身は今旅の旅に在りながら風雲の念いなお已み難く頻りに道祖神にさわがされて霖雨の晴間をうかがい草鞋よ脚半よと身をつくろい・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
私は豊前の小倉に足掛四年いた。その初の年の十月であった。六月の霖雨の最中に来て借りた鍛冶町の家で、私は寂しく夏を越したが、まだその夏のなごりがどこやらに残っていて、暖い日が続いた。毎日通う役所から四時過ぎに帰って、十畳ばか・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫