・・・はっとして吉田がその女の顔を見ると、それはその病舎の患者の付添いに雇われている付添婦の一人で、勿論そんな付添婦の顔触れにも毎日のように変化はあったが、その女はその頃露悪的な冗談を言っては食堂へ集まって来る他の付添婦たちを牛耳っていた中婆さん・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・堯はなにか露悪的な気持にじりじり迫られるのを感じながら、嫌悪に堪えたその犬の身体つきを終わるまで見ていた。長い帰りの電車のなかでも、彼はしじゅう崩壊に屈しようとする自分を堪えていた。そして電車を降りてみると、家を出るとき持って出たはずの洋傘・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ わるびれる様子もなく、そうかといって、露悪症みたいな、荒んだやけくその言いかたでもなく、無心に事実を簡潔に述べている態度である。私は、かれの言葉に、爽快なものを感じたほどなのであるが、けれども、ひとの家の細いことにまで触れるのは、私は・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・けれども、とまた考えて、ごちそうさまでした、とだけ言って、それで引きさがるのは、なんだか、ふだん自分の銭でお酒を呑めない実相を露悪しているようで、賤しくないか、よせよせという内心の声も聞えて、私は途方に暮れていた。私の番が、来た。私は、くに・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・に示された一種の露悪的な文学の傾向があります。石坂洋次郎、丹羽文雄などもその傾向の作品を示しています。舟橋聖一、丹羽文雄などという作家は、そのときはこういう時代だったんだ、という態度でつきはなして、露悪的に戦時の現実を見て描いているのが特徴・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
出典:青空文庫