・・・のみならず頸のまわりへ懸けた十字架形の瓔珞も、金と青貝とを象嵌した、極めて精巧な細工らしい。その上顔は美しい牙彫で、しかも唇には珊瑚のような一点の朱まで加えてある。…… 私は黙って腕を組んだまま、しばらくはこの黒衣聖母の美しい顔を眺めて・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・ この光、ただに身に添うばかりでなく、土に砕け、宙に飛んで、翠の蝶の舞うばかり、目に遮るものは、臼も、桶も、皆これ青貝摺の器に斉い。 一足進むと、歩くに連れ、身の動くに従うて、颯と揺れ、溌と散って、星一ツ一ツ鳴るかとばかり、白銀黄金・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・枝に渡して、ほした大根のかけ紐に青貝ほどの小朝顔が縋って咲いて、つるの下に朝霜の焚火の残ったような鶏頭が幽に燃えている。その陽だまりは、山霊に心あって、一封のもみじの音信を投げた、玉章のように見えた。 里はもみじにまだ早い。 露地が・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 御厨子の前は、縦に二十間がほど、五壇に組んで、紅の袴、白衣の官女、烏帽子、素袍の五人囃子のないばかり、きらびやかなる調度を、黒棚よりして、膳部、轅の車まで、金高蒔絵、青貝を鏤めて隙間なく並べた雛壇に較べて可い。ただ緋毛氈のかわりに、敷・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・虫歯に我はなやめり亡き人のたまを迎へて鳴くと云ふ 犬の遠吠我はおびへぬあるまゝにうつす鏡のにくらしき 片頬ふくれしかほをのぞけば ひな勇を思ひ出してソトなでゝ涙ぐみけり青貝の 螺鈿の小箱光る悲しみ紫・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・中からはなお私の涙を誘い出す様な青く、まっさおく光る青貝の螺鈿の小箱があった。私がよくこれを見るとこの角々をなで廻しながら「マア、ほんまに何とえい箱やろ、わて心中しようとまで思う人でなければあげんのえ」こんな事を云って居た箱だった。私はその・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
出典:青空文庫