・・・ 年は二十を越ゆるようやく三つ四つ、背高く肉やせたり、顔だち凜々しく人柄も順良に見ゆれどいつも物案じ顔に道ゆくを、出であうこの地の人々は病める人ぞと判じいたり。さればまた別荘に独り住むもその故ぞと深くは怪しまざりき。終日家にのみ閉じこも・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・かくの如きはすなわち、辛苦数年、順良の生徒を養育して、一夜の演説、もってその所得を一掃したるものというべし。 ただにこれを一掃するのみならず、順良の極度より詭激の極度に移るその有様は、かの仏蘭西北部の人が葡萄酒に酔い、菓子屋の丁稚が甘に・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・ けれ共、その心を探り入って見た時に、未だ若く、歓に酔うて居る私共でさえ面を被うて、たよりない涙に※ぶ様になる程であるか。 私は静かに目を瞑って想う。 順良な、素直な老いた母は、我子等の育い立ちを如何ほど心待って居る事であろう。・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
出典:青空文庫