・・・私は一人の病人と頑是ないお前たちとを労わりながら旅雁のように南を指して遁れなければならなくなった。 それは初雪のどんどん降りしきる夜の事だった、お前たち三人を生んで育ててくれた土地を後にして旅に上ったのは。忘れる事の出来ないいくつかの顔・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・――小児衆の頑是ない、欲しいものは欲しかろうと思うて進ぜました。……毎日見てござったは雛じゃったか。――それはそれは。……この雛はちと大金のものゆえに、進上は申されぬ――お邪魔でなくばその玩弄品は。」と、確と祖母に向って、道具屋が言ってくれ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 子供の好きなお初は相変わらず近所の家から金之助さんを抱いて来た。頑是ない子供は、以前にもまさる可愛げな表情を見せて、袖子の肩にすがったり、その後を追ったりした。「ちゃあちゃん。」 親しげに呼ぶ金之助さんの声に変わりはなかった。・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・写生文家の人間に対する同情は叙述されたる人間と共に頑是なく煩悶し、無体に号泣し、直角に跳躍し、いっさんに狂奔する底の同情ではない。傍から見て気の毒の念に堪えぬ裏に微笑を包む同情である。冷刻ではない。世間と共にわめかないばかりである。 し・・・ 夏目漱石 「写生文」
出典:青空文庫