・・・その馬がどんな馬であろうと頓着せず、勝負にならぬような駄馬であればあるほど、自虐めいた快感があった。ところが、その日は不思議に1の番号の馬が大穴になった。内枠だから有利だとしたり気にいってみても追っつかぬ位で、さすがの人々も今日は一番がはい・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・者も今では意見する者なく、店は女房まかせ、これを助けて働く者はお絹お常とて一人は主人の姪、一人は女房の姪、お絹はやせ形の年上、お常は丸く肥りて色白く、都ならば看板娘の役なれどこの二人は衣装にも振りにも頓着なく、糯米を磨ぐことから小豆を煮るこ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・その結果がビフテキ主義となろうが、馬鈴薯主義となろうが、将た厭世の徒となってこの生命を咀うが、決して頓着しない!「結果は頓着しません、源因を虚偽に置きたくない。習慣の上に立つ遊戯的研究の上に前提を置きたくない。「ヤレ月の光が美だとか・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 源三は一向頓着無く、「何云ってるんだ、世話焼め。」と口の中で云い棄てて、またさっさと行き過ぎようとする。圃の中からは一番最初の歌の声が、「何だネお近さん、源三さんに託けて遊んでサ。わたしやお前はお浪さんの世話を焼かずと用さ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・す小春よりも俊雄はぽッと顔赧らめ男らしくなき薄紅葉とかようの場合に小説家が紅葉の恩沢に浴するそれ幾ばく、着たる糸織りの襟を内々直したる初心さ小春俊雄は語呂が悪い蜆川の御厄介にはならぬことだと同伴の男が頓着なく混ぜ返すほどなお逡巡みしたるがた・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・しかし子供はそんな私に頓着していなかったように見える。 七年も見ているうちには、みんなの変わって行くにも驚く。震災の来る前の年あたりには太郎はすでに私のそばにいなかった。この子は十八の歳に中学を辞して、私の郷里の山地のほうで農業の見習い・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・が、涙は小言などには頓着してはいません。花婿は、友達と一緒に花嫁を見に来ました。神が、彼に供える犠牲の獣を選びに被来ったように、スバーを見に来た人を見ると、親達は心配とこわさで、クラクラする程でした。物かげでは、母が高い声を出して娘を諭し、・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・けれども、そんなことに頓着せず、めくらめっぽう読んで行っても、みんなそれぞれ面白いのです。みんな、書き出しが、うまい。書き出しの巧いというのは、その作者の「親切」であります。また、そんな親切な作者の作品ばかり選んで飜訳したのは、訳者、鴎外の・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・技師は、服装に無頓着な男で、いつも青い菜葉服を着ていて、しかもよい市民であったようである。母親は白い頭髪を短く角刈にして、気品があった。妹は二十歳前後の小柄な痩せた女で、矢絣模様の銘仙を好んで着ていた。あんな家庭を、つつましやかと呼ぶのであ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・自分の眼にもこの人の無頓着ぶりが何となく本物でないように思われた。 夕方内海に面した浜辺に出て、静かな江の水に映じた夕陽の名残の消えるともなく消えてゆくのを眺めていると急に家が恋しくなって困ることがあった。たった三里くらいの彼方のわが家・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
出典:青空文庫