・・・幾たびも飛び出す樫鳥は、そんな私を、近くで見る大きな姿で脅かしながら、葉の落ちた欅や楢の枝を匍うように渡って行った。 最後にとうとう谿が姿をあらわした。杉の秀が細胞のように密生している遙かな谿! なんというそれは巨大な谿だったろう。遠靄・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・です、それこそ今のおかたには想像にも及ばぬことで、じゃんと就業の鐘が鳴る、それが田や林や、畑を越えて響く、それ鐘がと素人下宿を上ぞうりのまま飛び出す、田んぼの小道で肥えをかついだ百姓に道を譲ってもらうなどいうありさまでした。 ある日樋口・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・』とまで云われて私も急に力が着きましたから、『よろしい、それではともかくも一応叔母と相談して、叔母が承知すればよし、故障を言えばお前のいう通り、お幸と二人で大阪へでも東京へでも飛び出すばかりだが、お幸はこれを承知だろうか』『ヘン! ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・促を食った末に女房の帯を質屋へたたき込んで出す税とは訳が違う金なのだから、同じ税でも所得税なぞは、道成寺ではないが、かねに恨が数ござる、思えばこのかね恨めしやの税で、こっちの高慢税の如きは、金と花火は飛出す時光る、花火のように美しい勢の好い・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・吹矢の筒に紙の小さい片を入れて吹いて見玉え、その紙は必らずぐるぐる回りながら飛出すよ。水の中に石を落して見玉え、これもぐるぐるまわりながら沈むよ。穴から水を出して見玉え、その水はきっとねじれて出るよ。これも螺線サ。矢は螺線になッて飛ぶから真・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・私は原稿料や印税の事など説明して聞かせたが、半分もわからなかったらしく、本を作って売る商売なら本屋じゃないか、ちがいますか、などという質問まで飛び出す始末なので、私は断念して、まあ、そんなものです、と答えて置いた。どれくらいの収入があるもの・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・田島は、一足さきに外に飛び出す。 ああ、別離は、くるしい。 キヌ子は無表情で、あとからやって来て、「そんなに、うまくも無いじゃないの。」「何が?」「パーマ。」 バカ野郎! とキヌ子を怒鳴ってやりたくなったが、しかし、・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ゆえ、いたずらに、あの、あの、とばかり申して膝をゆすり、稀には、へえ、などの平伏の返事まで飛び出す始末で、われながら、みっともない。かくては、襖の蔭で縫いものをしている家の者に迄あなどられる結果になるやも知れぬという、けち臭い打算から、私は・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ああやっている方が、急に飛出すときに身体の釣合をとるために好都合かとも思ってみる。実際電線に止まって落着いている時はほとんど尾を静止させている。それが飛出す前にはまた振動をはじめる。飛んで来て止まった時には最初大きく振れるが急速な減衰振動を・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・半日も下宿に籠って見厭きた室内、見厭きた庭を見ていると堪えられなくなって飛び出す。黒田を誘うて当もなく歩く。咲く花に人の集まる処を廻ったり殊更に淋しい墓場などを尋ね歩いたりする。黒田はこれを「浮世の匂」をかいで歩くのだと言っていた。一緒に歩・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
出典:青空文庫