・・・その割れ目は、ますます深く、暗く、見るまに口が大きくなりました。「あれ!」と、沖の方に残されていた、三人のものは声をあげましたが、もはやおよびもつかなかったのです。その割れ目は、飛び越すことも、また、橋を渡すこともできないほど隔たりがで・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・よいしょ、と小さい声で言ってみて、路のまんなかの水たまりを飛び越す。水たまりには秋の青空が写って、白い雲がゆるやかに流れている。水たまり、きれいだなあと思う。ほっと重荷がおりて笑いたくなり、この小さい水たまりの在るうちは、私の芸術も拠りどこ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・川を渡ったり、杉の密集している急な崖をよじ登ったりして、父の発砲する音を聞いていたが、氷の張りつめた小川を跳び越すとき、私は足を踏み辷らして、氷の中へ落ち込み、父から襟首を持って引き上げられた。それから二度と父はもう私をつれて行ってはくれな・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫