・・・あんまり人間をとって食べるので、或る勇士がついに之を退治して、あとの祟りの無いように早速、大明神として祀り込めてうまい具合におさめたという事が、その作陽誌という書物に詳しく書かれているのでございます。いまは、ささやかなお宮ですが、その昔は非・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・それでいて、ごはんは実にたくさん食べる。けれども、いつも痩せて小さく、髪の毛も薄く、少しも成長しない。 父も母も、この長男について、深く話し合うことを避ける。白痴、唖、……それを一言でも口に出して言って、二人で肯定し合うのは、あまりに悲・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・「わたい三度の御飯は、どんなことがあっても欠かさずきちんきちん食べる方なの。御飯も三膳ずつに極めているの」 おひろは痩せた小さい体の割りには、声がりんりんして深みがあった。それに後で気のついたことだが、四人の姉妹のうち一番頭脳のいい・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・元来自分の考は此男の説よりも、ずっと実際的である。食べるということを基点として出立した考である。所が米山の説を聞いて見ると、何だか空々漠々とはしているが、大きい事は大きいに違ない。衣食問題などは丸で眼中に置いていない。自分はこれに敬服した。・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・のみならず三重吉の指の先から餌を食べると云う。自分もいつか指の先で餌をやって見たいと思った。 次の朝はまた怠けた。昔の女の顔もつい思い出さなかった。顔を洗って、食事を済まして、始めて、気がついたように縁側へ出て見ると、いつの間にか籠が箱・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・料理法は釣る方とは関係がちがうから省くが、河豚釣りに行っても、普通の魚のように、釣りあげてすぐ、船の上でサシミにしたり、焼いたり煮たりなどしては食べないのである。食べる人もあるが、それは食通とはいえない。イイダコ カニやイイ・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・よくあんなの食べるものだ。 *一千九百廿五年十月十六日一時間目の修身の講義が済んでもまだ時間が余っていたら校長が何でも質問していいと云った。けれども誰も黙っていて下を向いているばかりだった。きき・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・曹長「大将の勲章は実に甘そうだなあ。」特務曹長「それは甘そうだ。」曹長「食べるというわけには行かないものでありますか。」特務曹長「それは蓋しいかない。軍人が名誉ある勲章を食ってしまうという前例はない。」曹長「食ったらどう・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・男の子も女の子も十六七になれば、食べるものも着るものも大人なみである。本だって沢山よみたいし、運動もしたい。ソヴェト同盟には工場図書館、スポーツ・サークルが発達していて、大体無料でいろいろのことができるが、食物、衣服はまだ無料とはゆかない。・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・食事の支度は女中に言いつけてあるが、姑が食べると言われるか、どうだかわからぬと思って、よめは聞きに行こうと思いながらためらっていた。もし自分だけが食事のことなぞを思うように取られはすまいかとためらっていたのである。 そのときかねて介錯を・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫