・・・、ひゅ、諏訪の海、水底照らす小玉石、を唄いながら、黒雲に飛行する、その目覚しさは……なぞと、町を歩行きながら、ちと手真似で話して、その神楽の中に、青いおかめ、黒いひょっとこの、扮装したのが、こてこてと飯粒をつけた大杓子、べたりと味噌を塗った・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ そのなくなった祖母は、いつも仏の御飯の残りだの、洗いながしのお飯粒を、小窓に載せて、雀を可愛がっていたのである。 私たちの一向に気のない事は――はれて雀のものがたり――そらで嵐雪の句は知っていても、今朝も囀った、と心に留めるほどで・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・「そのお飯粒で蛙を釣って遊んだって、御執心の、蓮池の邸の方とは違うんですか。」 鯛はまだ値が出来ない。山の端の薄に顱巻を突合せて、あの親仁はまた反った。「違うんだよ。……何も更めて名のるほどの事もないんだけれど、子供ッて妙なもの・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・その前に、彼は、いまごろどこをほってもみみずの見つからないことを知っていましたから、飯粒を餌にして釣る考えで、自分の食べる握り飯をその分に大きく造って持ってゆきました。 小川は、みんな雪にうずまっていました。また池にもいっぱい雪が積もっ・・・ 小川未明 「北の国のはなし」
・・・という動詞に敬語がつけられるのを私はうかつに今日まで知らなかったが、これもある評論家からきいたことだが、犬養健氏の文学をやめる最後の作品に、犬養氏が口の上に飯粒をつけているのを見た令嬢が「パパ、お食事がついてるわよ」という個所があるそうだが・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ ボロ/\と、少しずつくずれ落ちそうな灰色の壁には、及川道子と、川崎弘子のプロマイドが飯粒で貼りつけてある。幹部は、こういうものによって、兵卒が寂寥を慰めるのを喜んだ。 六時すぎ、支部馬の力のないいななきと、馬車の車輪のガチャ/\と・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・「晩にね、僕が、煙草の吸殻を飯粒で練って、膏薬を製ってやろう」「宿へつけば、どうでもなるんだが……」「あるいてるうちが難義か」「うん」「困ったな。――どこか高い所へ登ると、人の通る路が見えるんだがな。――うん、あすこに高・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 蚊帳の中には四つになる彼の長男が、腐った飯粒見たいに体中から汗を出して、時計の針のようにグルグル廻って、眠っていた。かますの乾物のように、痩せて固まった彼の母は、寝苦しいものと見えて、時々溜息をついていた。 彼は、暑さにジタバ・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・ 只猫可愛がりになり勝な二十七になる女中は、主婦がだまって居ると、涼しい様にと、冷しすぎたものを持って行ったり、重湯に御飯粒を入れたり仕がちであった。可愛がって、自分の子を殺して仕舞う女はこんなんだろうと思うと、只無智と云う事のみが産む・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
出典:青空文庫