・・・西洋でも花瓶に花卉を盛りバルコンにゼラニウムを並べ食堂に常緑樹を置くが、しかし、それは主として色のマッスとしてであり、あるいは天然の香水びんとしてであるように見える。「枝ぶり」などという言葉もおそらく西洋の国語には訳せない言葉であろう。どん・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・「十円もする香水なんか奥さんに貰ってきたんですて」「少し吹いてやしない」道太は苦笑した。「そう、少し喇叭の方かもしれん」「家のやつも人を悦ばせるのは嫌いな方じゃないけれど」「庄ちゃんが讃めていたから、いい人でしょうね。け・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・薔薇の中から香水を取って、香水のうちに薔薇があると云ったような論鋒と思います。私の考えでは薔薇のなかに香水があると云った方が適当と思います。もっともこの時間及びあとから御話をする空間と云うのは大分むずかしい問題で、哲学者に云わせると大変やか・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・オオビュルナンはマドレエヌの昔使っていた香水の匂い、それから手箱の蓋を取って何やら出したこと、それからその時の室内の午後の空気を思い出した。この記念があんまりはっきりしているので、三十三歳の世慣れ切った小説家の胸が、たしかに高等学校時代の青・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけてください。」 そして戸の前には金ピカの香水の瓶が置いてありました。 二人はその香水を、頭へぱちゃぱちゃ振りかけました。 ところがその香水は、どうも酢のような匂がするのでした。・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・私のとこのアーティストは、私の頭に、金口の瓶から香水をかけながら答えました。 それからアーティストは、私の顔をも一度よく拭って、それから戸口の方をふり向いて、「ちょっと見て呉れ。」と云いました。アーティストたちは、あるいは戸口に立ち・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 外国の人も日本文化の特長を手早くとりまとめようとするとき、こういう特長をとらえたことは、卑俗な日本の輸出品が、やすい香水入線香にフジヤマ、ゲイシャ、サクラなどという名をつけていたのでもわかる。戦争中、日本の超国家主義者たちは、ヒットラ・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ハンケチには香水がついている。グラフィーラは後毛をたらしたまま、歪んだ笑顔で、「香水をつけ出したんだね。」と云った。「とてもいい香水だ……何を拭いてるのさ?」 食いつくようにドミトリーを見つめていたグラフィーラの眼が、忽ち涙・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・例えばどんなに税が高くあろうとも妻や妹はウビガンの香水を常用しているという部分の人々にはどういう感じをおこさせるかしらないが、都会の人口の大多数を占める下級中級の若いサラリーマン、勤労青年たちが、いささかの慰みとしてアパートの部屋でかけて聴・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・ この二三年来、日本の婦人たちの鏡台の上からコティの香水だの白粉だのが姿を消した。ナポレオンと同じコルシカ島のアジャチオ生れのこの敏腕な香水屋が、世界の香水界を支配する実業界の王者となったとき、彼は香水の瓶の形を工夫していることだけには・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
出典:青空文庫