・・・もの持て――侍女がそう言うと、黒い所へ、黄色と紅条の縞を持った女郎蜘蛛の肥えた奴が、両手で、へい、この金銀珠玉だや、それを、その織込んだ、透通る錦を捧げて、赤棟蛇と言うだね、燃える炎のような蛇の鱗へ、馬乗りに乗って、谷底から駈けて来ると、蜘・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ぼんやりした顔をぬっと突き出して帰って来たところを、いきなり襟を掴んで突き倒し、馬乗りになって、ぐいぐい首を締めあげた。「く、く、く、るしい、苦しい、おばはん、何すんねん」と柳吉は足をばたばたさせた。蝶子は、もう思う存分折檻しなければ気がす・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 落葉を踏んで頂に達し、例の天主台の下までゆくと、寂々として満山声なきうちに、何者か優しい声で歌うのが聞こえます、見ると天主台の石垣の角に、六蔵が馬乗りにまたがって、両足をふらふら動かしながら、目を遠く放って俗歌を歌っているのでした。・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・間もなく、助七は、ひっくりかえり、のそのそ三木が、その上に馬乗りになって、助七の顔を乱打した。たちまち助七の、杜鵑に似た悲鳴が聞えた。さちよは、ひらと樹陰から躍り出て、小走りに走って三木の背後にせまり、傘を投げ捨て、ぴしゃと三木の頬をぶった・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・エレーンとわが名を呼ぶに、応うるはエレーンならず、中庭に馬乗り捨てて、廂深き兜の奥より、高き櫓を見上げたるランスロットである。再びエレーンと呼ぶにエレーンはランスロットじゃと答える。エレーンは亡せてかと問えばありという。いずこにと聞けば知ら・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・先生は手紙をその上に置いて自身は馬乗りに椅子に掛けた。そして気の無さそうに往来を見卸した。 ちょうど午後三時である。Rue de la Faisanderie の大道は広々と目の下に見えていて、人通りは少い。ロンドンの上流社会の住んでい・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ やって来たのは七人ばかりの馬乗りなのだ。 馬は汗をかいて黒く光り、鼻からふうふう息をつき、しずかにだくをやっていた。乗ってるものはみな赤シャツで、てかてか光る赤革の長靴をはき、帽子には鷺の毛やなにか、白いひらひらするものをつけてい・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
出典:青空文庫