・・・こわいくせに、そのこわくて大きな馬の後脚の間に、ホカホカ湯気の立つ丸い馬糞が落ちていたのは、まざまざと見て覚えるのであった。 からたちの垣は、表の大通りにある門のところまでつづいて、松平さんの桜といえば、その時分林町のその往来に美しく立・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ 屋根にトタン板を並べた鋳鉄工作所から黒い汚水と馬糞が一緒くたに流れ出して歩道の凹みにたまっている。 内部は何があるのか解らぬ古コンクリート塀がある。 からからした夏の太陽ばかりがこれらゆがんで小さい人間のいろんな試みの上に高く・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・そうして、馬糞の重みに斜めに突き立っている藁の端から、裸体にされた馬の背中まで這い上った。 二 馬は一条の枯草を奥歯にひっ掛けたまま、猫背の老いた馭者の姿を捜している。 馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を・・・ 横光利一 「蠅」
・・・闇の中には爆裂弾をくれてやりたい金持ちや馬糞を食わしてやりたい学者が住んでいる。万事はただ物質に執着する現象である。執着の反面には超越がある。酒に執着するものは饅頭を超越し、肉体に執着するものは心霊を超越す。この二つが長となり短となり千種万・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫