・・・ 井侯が陛下の行幸を鳥居坂の私邸に仰いで団十郎一座の劇を御覧に供したのは劇を賤視する従来の陋見を破って千万言の論文よりも芸術の位置を高める数倍の効果があった。井侯の薨去当時、井侯の逸聞が伝えられるに方って、文壇の或る新人は井侯が団十郎を・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・そして咳がふいに心臓の動悸を高めることがあるのは吉田も自分の経験で知っていた。それで納得のいった吉田ははじめてそうではない旨を返事すると、その女はその返事には委細かまわずに、「その病気に利くええ薬を教えたげまひょか」 と、また脅かす・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・この人格価値を高めることが行為の目的である。快楽、幸福、福利は目的そのものとして追求せられるべきでない。これが人格主義の主張である。カントや、リップス、コーヘン等のカント学派も、フッサール、シェーラー、ハルトマン等の現象学派も人格主義の点で・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・恋以上のもののためには恋をも供えものとすることを互いに誓うことは恋をさらに高めることである。 肉体的耽溺を二人して避けるというようなことも、このより高きものによって慎しみ深くあろうとする努力である。道徳的、霊魂的向上はこうして恋愛のテー・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・牡蠣についた真珠のように、娘の涙は彼女の価値を高めるばかりでした。彼は、スバーが自分の不具を悲しんで泣くとは知らず此ほかの解釈を、その涙に対して下そうともしませんでした。 終に暦が調べられ、結婚の儀式は吉日を選んで行われました。 娘・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・あるいは昔の所蔵者が有名な人であった場合にはその人に関する聯想が骨董的の価値を高める事もある。あるいはまた単にその物が古いために現今稀有である、類品が少ないという考えに伴う愛着の念が主要な点になる事もある。この趣味に附帯して生ずる不純な趣味・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・ 颱風の災害を軽減するにはこれに関する国民一般の知識の程度を高めることが必要であると思われるが、現在のところではこの知識の平均水準は極めて低いようである。例えば低気圧という言葉の意味すらよく呑込めていない人が立派な教養を受けたはずの・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・こんな些細な事でも自分の異国的情調を高めるに充分であった。 立派なシナ商人の邸宅が土人の茅屋と対照して何事かを思わせる。 椰子の林に野羊が遊んでいる所もあった。笹の垣根が至るところにあって故国を思わせる。道路はシンガポールの紅殻色と・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津浪の知識を授ける必要がある。英独仏など・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・そうしてただいたずらにいらだたしい心持ちから救われて、めいめいの大事な仕事の能率を高める事ができはしまいか。 広告の次にいわゆる三面記事を取ってしまったらどのくらい気持ちがいいものになるだろう。昔「日本」という新聞があった。三面記事が少・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
出典:青空文庫