・・・細かく言えば高価なフィルムの代価やセットの値段はもちろん、ロケーションの汽車賃弁当代から荷車の代までも予算されなければならないのである。これを、詩人が一本の万年筆と一束の紙片から傑作を作りあげ、画家が絵の具とカンバスで神品を生み出すのと比べ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・としての優劣の存在を許容するのもやむを得まい。高価な器械を持つ人と、粗製の器械をもつ人との相違と本質的に同じとも言われる。多くのすぐれた器械の結果が互いに一致し、そうしてその結果が全系統に適合する時に、その結果を「事実」と名づけることがいけ・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・現に芸妓というようなものは、私はあまり関係しないからして精しいことは知らんけれどもとにかく一流の芸妓とか何とかなるとちょっと指環を買うのでも千円とか五百円という高価なものの中から撰取をして余裕があるように見える。私は今ここにニッケルの時計し・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ただ好いのは二十円ぐらいすると云う段になって、急にそんな高価のでなくっても善かろうと云っておいた。三重吉はにやにやしている。 それから全体どこで買うのかと聞いて見ると、なにどこの鳥屋にでもありますと、実に平凡な答をした。籠はと聞き返すと・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・ 船長は、黴菌を殺すために、――彼はそう考えた――高価な、マニラで買い込んだ許りの葉巻を、尻から脂の出るほどふかしながら、命令した。 ボースンと、ナンバンは引き取った。 フォアピークは、水火夫室の下の倉庫の、も一つ下にあった。・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・僕がもじもじしているとこれは新らしい高価い種類だよ。君にだけやるから来春植えてみたまえと云った。すると農場の方から花の係りの内藤先生が来たら武田先生は大へんあわててポケットへしまっておきたまえ、と云った。ぼくは変な気がしたけれども仕方なくポ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・智能と資本とを縦横に駆使して、イギリスの良品高価に対する良品廉価生産・高賃銀低コストを目ざす科学主義工業という呼び名が、これらの人々によって、資本主義工業の弱点を補強したものとして提唱されつつあるのである。 大河内氏の著書は、鶏小舎を改・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・現代のすべての女性はおそろしく高価な教訓によって、一身の幸福といい不幸ということが、社会事情との連関なしに語れないという現実だけは、はっきりと学びとった。 ここに集められているすべての文章は、一貫して一つの意志をもっている。それは、わた・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・そう云う高価な感覚的批評は現れないか。そう云う秀抜な批評的感覚は現れないか。われわれの待つべき貴きものの一つはそれである。文学と感覚 自分は文芸春秋の創刊当時から屡々感覚と云う言葉を口にして来た。しかし、これは云うべき時機で・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・彼は高価な寝台の彫刻に腹を当てて、打ちひしがれた獅子のように腹這いながら、奇怪な哄笑を洩すのだ。「余はナポレオン・ボナパルトだ。余は何者をも恐れぬぞ、余はナポレオン・ボナパルトだ」 こうしてボナパルトの知られざる夜はいつも長く明けて・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫