・・・親爺も、それで、胸の鬱憤が晴れ息がつけるものらしい。 だが、親爺は、そういうことを考えていても、それを主張したり、運動したりする元気はない。年が行きすぎている。そして、どこまでも器械のようにコツ/\働いている。 二三年前の話である。・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・胸は鬱憤としていっぱいだった。「もっと思うさまやってやればよかったんだ! やってやらなきゃならんのだった!」 彼は、頭蓋骨の真中へ注意をむけるような眼つきをして衝動的に繰りかえした。刀を振りまわしたのも、呶なりつけたのも、自分をメリ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・二人は狩に出て鬱憤を晴し、退屈を凌いだ。兎の趾跡は、次第に少くなった。二人が靴で踏み荒した雪の上へ新しい雪は地ならしをしたように平らかに降った。しかし、そこには、新しい趾跡は、殆んど印されなくなった。「これじゃ、シベリアの兎の種がつきる・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・有閑階級に対する鬱憤積怨というやつだ。なんとか事態をまるくおさめる工夫は無いものか。これは、どうも意外の風雲。」「ごまかしなさんな。見えすいていますよ。落ちついた振りをしていても、火燵の中の膝頭が、さっきからがくがく震えているじゃありま・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・僕は、あの笠井氏から、あまりにも口汚く罵倒せられ、さすがに口惜しく、その鬱憤が恋人のほうに向き、その翌日、おかみが僕の社におどおど訪ねて来たのを冷たくあしらい、前夜の屈辱を洗いざらい、少しく誇張さえまぜて言って聞かせて、僕も男として、あれだ・・・ 太宰治 「女類」
・・・ 僕たちは、眉山のいない時には、思い切り鬱憤をはらした。「いかに何でも、ひどすぎますよ。この家も、わるくはないが、どうもあの眉山がいるんじゃあ。」「あれで案外、自惚れているんだぜ。僕たちにこんなに、きらわれているとは露知らず、か・・・ 太宰治 「眉山」
・・・が、その笑が消え切らないうちに、彼の胸には、妙な鬱憤がくすぶって来た。 彼は眉を顰めながら、敷布の間で体の位置をかえた。枕の工合をなおした。 彼にはれんがちゃんと断って来た報告をしないのが気に触った。其上いつもなら枕元に椅子を引きよ・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・元気に鬱憤をはらしながら、私たちは、旅館へむかう石段をのぼっていった。 宮本百合子 「琴平」
・・・昔から女は、外で亭主がむしゃくしゃしてきた鬱憤をはらす対象として躾けられて来た。女の生活の眼もいくらかは開いて、そのような列の力学をも、歴史の経てゆく容相の一つとして今は理解してゆくのかもしれない。 野菜ものの価が下るというよろこばしい・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫