・・・にして、こはその際兇器にて傷けられたるものにあらず、全く日清戦争中戦場にて負いたる創口が、再、破れたるものにして、実見者の談によれば、格闘中同人が卓子と共に顛倒するや否や、首は俄然喉の皮一枚を残して、鮮血と共に床上に転び落ちたりと云う。但、・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・しかも、もりで撃った生々しい裂傷の、肉のはぜて、真向、腮、鰭の下から、たらたらと流るる鮮血が、雨路に滴って、草に赤い。 私は話の中のこの魚を写出すのに、出来ることなら小さな鯨と言いたかった。大鮪か、鮫、鱶でないと、ちょっとその巨大さと凄・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・孫八老、其の砌某所墓地近くを通りかかり候折から、天地晦冥、雹の降ること凄まじく、且は電光の中に、清げなる婦人一人、同所、鳥博士の新墓の前に彳み候が、冷く莞爾といたし候とともに、手の壺微塵に砕け、一塊の鮮血、あら土にしぶき流れ、降積りたる雹を・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
昔シナで鐘を鋳た後にこれに牛羊の鮮血を塗ったことが伝えられている。しかしそれがいかなる意味の作業であったかはたしかにはわからないらしい。この事について幸田露伴博士の教えを請うたが、同博士がいろいろシナの書物を渉猟された結果・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・跛で結伽のできなかった大燈国師が臨終に、今日こそ、わが言う通りになれと満足でない足をみしりと折って鮮血が法衣を染めるにも頓着なく座禅のまま往生したのも一例であります。分化はいろいろできます。しかしその標準を云うとまず荘厳に対する情操と云うて・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・足の甲からはさッと鮮血が迸った。 ――占めた!―― 私は鮮血の滴る足を、食事窓から報知木の代りに突き出した。そしてそれを振った。これも効力がなかった。血は冷たい叩きの上へ振り落とされた。 私は誰も来ないのに、そういつまでも、血の・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
出典:青空文庫