・・・それがね、労働者が鶴嘴を持って焼跡の煉瓦壁へ登って……」 その現に自分の乗っている煉瓦壁へ鶴嘴を揮っている労働者の姿を、折田は身振りをまぜて描き出した。「あと一と衝きというところまでは、その上にいて鶴嘴をあてている。それから安全なと・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・坑夫等は、鶴嘴や、シャベルでは、岩石を掘り取ることが出来なかった。で、新しい鑿岩機が持って来られ、ハッパ袋がさげて来られた。 高い、闇黒の新しい天井から、つゞけて、礫や砂がバラバラッバラバラッと落ちて来た。弾丸が唸り去ったあとで頸をすく・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・比喩で申すと、私は多年の間懊悩した結果ようやく自分の鶴嘴をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです。なお繰り返していうと、今まで霧の中に閉じ込まれたものが、ある角度の方向で、明らかに自分の進んで行くべき道を教えられた事になるのです。・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴をはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴をふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中でいろいろ指図をしていました・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・又少し日が立って、石田が役所から帰って机の前に据わると、庭に遊んでいたのが、走って縁に上って来て、鶴嘴を使うような工合に首を sagittale の方向に規則正しく振り動かして、膝の傍に寄るようになる。石田は毎日役所から帰掛に、内が近くなる・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫