一 喬は彼の部屋の窓から寝静まった通りに凝視っていた。起きている窓はなく、深夜の静けさは暈となって街燈のぐるりに集まっていた。固い音が時どきするのは突き当っていく黄金虫の音でもあるらしかった。 そこは入・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・家畜の糞を丸めてボールを作り転がし歩く黄金虫がある。あれは生活の資料を運搬する労働ではあろうがとにかく人間から見ると一種の球技である。 オットセイは鼻の頭で鞠をつく芸当に堪能である。あれはこの動物にとっては全く飼主の曲馬師から褒美の鮮魚・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ 八月一日 夜、黄金虫が障子にとまった。 朱と金の漆塗と、印殿草で出来た虫だ。翼の合わせめがかっちりとした根つけ細工のようだ。 時々三対目の後脚をいかにもかゆそうにこすり合わせた、見て居て、自分もくすぐっ・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
出典:青空文庫