・・・脳味噌の黒焼きなどは日本でも嚥んでいる。」「まさか。」「いや、まさかじゃない。僕も嚥んだ。尤も子供のうちだったが。………」 僕はこう言う話の中に玉蘭の来たのに気づいていた。彼女は鴇婦と立ち話をした後、含芳の隣に腰を下ろした。・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・竹の皮の黒焼きを煎じて飲みなはれ。下痢にはもってこいでっせ」 男は狼狽して言った。 汽車が動きだした。「竹の皮の黒焼きでっせ」 男は叫んだ。 汽車はだんだんにプラットホームを離れて行った。「竹の皮の黒焼きでっせ」・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・オットセイの黒ずんだ肉を売る店があったり、猿の頭蓋骨や、竜のおとし児の黒焼を売る黒焼屋があったり、ゲンノショウコやドクダミを売る薬屋があったり、薬屋の多いところだと思っていると、物尺やハカリを売る店が何軒もあったり、岩おこし屋の軒先に井戸が・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・いたから、母屋の嫂もさすがに、こんなことでこの先どないなるこっちゃら、近所の体裁も悪いし、それに夫婦喧嘩する家は金はたまらんいうさかいと心配して、ある日、御寮人さんを呼寄せて、いろいろ言い聴かせた末、黒焼でも買いイなと、二十円くれてやった。・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・帰って来てそうそう吉田は自分の母親から人間の脳味噌の黒焼きを飲んでみないかと言われて非常に嫌な気持になったことがあった。吉田は母親がそれをおずおずでもない一種変な口調で言い出したとき、いったいそれが本気なのかどうなのか、何度も母親の顔を見返・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 詐欺師や香具師の品玉やテクニックには『永代蔵』に狼の黒焼や閻魔鳥や便覧坊があり、対馬行の煙草の話では不正な輸出商の奸策を喝破しているなど現代と比べてもなかなか面白い。『胸算用』には「仕かけ山伏」が「祈り最中に御幣ゆるぎ出、ともし火かす・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 八 黒焼き 学生時代に東京へ出て来て物珍しい気持ちで町を歩いているうちに偶然出くわして特別な興味を感じたものの一つは眼鏡橋すなわち今の万世橋から上野のほうへ向かって行く途中の左側に二軒、辻を隔てて相対している黒・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・例えば小児が腹痛すればとて例の妙薬黒焼など薬剤学上に訳けの分らぬものを服用せしむ可らず、事急なれば医者の来るまで腰湯パップ又は久しく通じなしと言えば灌腸を試むる等、外用の手当は恐る/\用心して施す可きも、内服薬は一切禁制にして唯医者の来診を・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫