・・・うす暗いので、はっきりわからないが、どうやら鼻紙嚢から鋏を出して、そのかき乱した鬢の毛を鋏んででもいるらしい。そこで宗賀は、側へよって声をかけた。「どなたでござる。」「これは、人を殺したで、髪を切っているものでござる。」 男は、・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 若い人が、鼻紙を、と云って、私のを――そこらから拾って来た、いくらもあります、農家だから。――藁すべで、前刻のような人形を九つ、お前さん、――そこで、その懐紙を、引裂いて、ちょっと包めた分が、白くなるから、妙に三人の女に見えるじゃあり・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・……だが……心意気があるなら、鼻紙を引裂いて、行燈の火を燃して取って、長羅宇でつけてくれるか。」 と中腰に立って、煙管を突込む、雁首が、ぼっと大きく映ったが、吸取るように、ばったりと紙になる。「消した、お前さん。」 内証で舌打。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・唯今、鼻紙で切りました骸骨を踊らせておりますんで、へい、」「何じゃ、骸骨が、踊を踊る。」 どたどたと立合の背に凭懸って、「手品か、うむ、手品を売りよるじゃな。」「へい、八通りばかり認めてござりやす、へい。」「うむ、八通り・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・「旦那さん、お願だから、私に、旦那さんの身についたものを一品下んせね。鼻紙でも、手巾でも、よ。」 教授は外套を、すっと脱いだ。脱ぎはなしを、そのままお光の肩に掛けた。 このおもみに、トンと圧されたように、鞄を下へ置いたなりで、停・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・園女の鼻紙の間に何とかいう菫に恥よ。懐にして、もとの野道へ出ると、小鼓は響いて花菜は眩い。影はいない。――彼処に、路傍に咲き残った、紅梅か。いや桃だ。……近くに行ったら、花が自ら、ものを言おう。 その町の方へ、近づくと、桃である。根に軽・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・私は、やはり池の面を眺めたままで、懐中の一帖の鼻紙を、少年の膝のほうに、ぽんと抛ってやった。 少年は、くすと笑って、それから素直に鼻をかんで、「なんと言ったらいいのかなあ。へんな気持なんだよ。親爺を喜ばせようと思って勉強していても、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・出て、橋を渡り、家へ帰って黙々とめしを食い、それから自分の部屋に引き上げて、机の上の百枚ちかくの原稿をぱらぱらとめくって見て、あまりのばかばかしさに呆れ、うんざりして、破る気力も無く、それ以後の毎日の鼻紙に致しました。それ以来、私はきょうま・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・投げ捨てられた鼻紙のように、さちよは転々して疲れていった。二年は、生きた。へとへとだった。討死と覚悟きめて、母のたった一つの形見の古い古い半襟を恥ずかしげもなく掛けて店に出るほど、そんなにも、せっぱつまって、そこへ須々木乙彦が、あらわれた。・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・私は、鼻紙のようにくしゃくしゃにもまれ、まるめられ、ぽんと投げ出された工合いであった。 この旅行は、私にとって、いい薬になった。私は、人のちからの佳い成果を見たくて、旅行以来一月間、私の持っている本を、片っぱしから読み直した。法螺でない・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
出典:青空文庫