・・・その最初の喧嘩の際、汐田は卒倒せん許りに興奮して、しまいに、滴々と鼻血を流したのであるが、そのような愚直な挿話さえ、年若い私の胸を異様に轟かせたものだ。 そのうちに私も汐田も高等学校を出て、一緒に東京の大学へはいった。それから三年経って・・・ 太宰治 「列車」
・・・それで、近所の医師のM博士に来てもらったら、ちょうど同じ日にM氏の子供が学校の帰りに道路でころんで鼻頭をすりむきおまけに鼻血を出したという事であった。それから二三日たってから、宅の他の子供がデパートでハンドバッグを掏摸にすられた。そうして電・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
・・・相手は鼻血をタラタラ垂らしてそこへうずくまってしまった。 私は洗ったように汗まみれになった。そして息切れがした。けれども事件がここまで進展して来た以上、後の二人の来ない中に女を抱いてでも逃れるより外に仕様がなかった。「サア、早く遁げ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ざまあ見やがれ、鼻血なんぞだらしなく垂らしやがって―― 私は、本船から、艀から、桟橋から、ここまでの間で、正直の処全く足を痛めてしまった。一週間、全一週間、そのために寝たっきり呻いていた、足の傷の上にこの体を載せて、歩いたので、患部に夥・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・此間だも――と村校友達となぐり合を始めて相手に鼻血を出させたが、元はと云えばブランコの順番からで夜まで家へ帰されなかったと話して聞かせた。「御免なして下さりませ、ほんに物の分らん児だちゅうたら。「かまいやしないよ、子供の・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・下賤なもののけんかはけんかする同志がつかみ合う、蹴る、なぐる、やがてどちらか一方が鼻血でも出せば事がすみますがのう。 広い領地を持ってござる方々のけんかはそう手軽には参らぬでの。 つかみ合いがしたくなれば兵士を互に出してつかみ合わせ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫