・・・たまたま他人の知らせによってその子の不身持などの様子を聞けば、これを手元に呼びて厳しく叱るの一法あるのみ。この趣を見れば、学校はあたかも不用の子供を投棄する場所の如し。あるいは口調をよくして「学校はいらぬ子供のすてどころ」といわばなお面白か・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・婢僕の過誤失策を叱るは、叱らるゝ者より叱る者こそ見苦しけれ。主人の慎しむ可き所なり。一 婦人は家を治めて内の経済を預り、云わば出るを為すのみにして入るを知らざる者の如くなれども、左りとては甚だ不安心なり。夫とて万歳の身に非ず、老少より言・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・カムパネルラがまた何気なく叱るように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原の青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光を受けているのでした。・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・すると、勇吉は、炉ばたでちびちび酒を飲みながら、「そげえに若えもん叱るでねえよ、今に何でもはあ、ちゃんちゃんやるようになる、おきいはねんねだごんだ」「何がねんねだ! ひとが聞いたらふき出すっぺえ。ねんね嫁け! お前」 きいはつら・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ まるで、異った事の様であるが、人をいましめる時に叱るのと、恥かしめるとの差を明かに得とくして居る人が少ないのに驚いた。 まして、女に……。 ――○―― 青年期に達する時に男でも女でも非常に頭がデリケ・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・とも思わないで、散々に罵って好い気で居るお金に対して女らしい恨み――何をどうすると云う事も出来ないで居て、只やたらに口惜しい、会う人毎にその悪い事を吹聴する様な恨みが、ムラムラと胸に湧いてお節は栄蔵を叱る様に、「そやから、あんたもだ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・声はおこって叱るようであったが、忠利はこの詞とともに二度うなずいた。 長十郎は「はっ」と言って、両手で忠利の足を抱えたまま、床の背後に俯伏して、しばらく動かずにいた。そのとき長十郎の心のうちには、非常な難所を通って往き着かなくてはならぬ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・と、犬塚は叱るように云って、特別に厚く切ってあるらしい沢庵を、白い、鋭い前歯で咬み切った。「木村君、どうだろう」と、山田は不安らしい顔を右隣の方へ向けた。「先ずお国柄だから、当局が巧に柁を取って行けば、殖えずに済むだろう。しかし遣り・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・これを叱るのは、僕には一番辛いことですが、影では、どうか何を云っても赦して貰いたい、工場の中だから、君を呼び捨てにしないと他のものが、云うことを聞いてはくれない、国のためだと思って、当分は赦してほしいと頼んであるんです。これは豪い男ですよ。・・・ 横光利一 「微笑」
・・・子供たちを叱るにも響きわたるような大声だったが、それでも笑って叱っていた。 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫