・・・ 白ぼけた上へ、ドス黒くて、その身上ありたけだという、だふりと膨だみを揺った形が、元来、仔細の無い事はなかった。 今朝、上野を出て、田端、赤羽――蕨を過ぎる頃から、向う側に居を占めた、その男の革鞄が、私の目にフト気になりはじめた。・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・と思う、船幽霊のような、蒼しょびれた男である。 半纏着は、肩を斜っかいに、つかつかと寄って、「待てったら、待て。」とドス声を渋くかすめて、一つしゃくって、頬被りから突出す頤に凄味を見せた。が、一向に張合なし……対手は待てと云われたま・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ と梁から天井へ、つつぬけにドス声で、「分った! そうか。三晩つづけて、俺が鷭撃に行って怪我をした夢を見たか。そうか、分った。夢がどうした、そんな事は木片でもない。――俺が汝等の手で面へ溝泥を塗られたのは夢じゃないぞ。この赫と開けた・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ 眼の大きい与太者がドス声でどやしつけている。「ねます! ねますッ。僕ァ……口惜しいです。僕ァ……ウ、ウ、ウ……」 第二房でも眼をさまし、鈍い光に照らされ半裸体の男でつまっている狭い檻の内部がざわつき出した。「何だ、メソメソ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・けれども、信じ安じるべきであるに拘らず、その不愉快さは依然としてドス黒いかたまりを、朗らかな胸中に一点の波紋を保って存在して居るのである。 馬琴もそうだったのかなと、思った。 そして、力を得たような淋しいような気がした。箇性の持って・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
出典:青空文庫