・・・ 一方では、前年ヴェノスアイレスの国際ペンクラブ大会に日本代表として出席した島崎藤村が、大会の反ファッシズムに高まった雰囲気から、彼独特の用心ぶかさで日本の立場を守ってかえって来て、日本ペンクラブの創立に着手しはじめている時であった。ま・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 国際ペンクラブは第十三回大会をバルセロナに第十四回大会をブェノスアイレスに第十五回大会をパリで開き、ますますはっきり世界の文学者がファシズムに反対して、ヒューマニズムと平和と文化の守りのためにたたかおうとする意志を明らかにして来ていた・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・ アルゼンチンの国際ペンクラブの大会に藤村氏が出席したからには、能うかぎり進歩的効果のあげられることを、私たちはまじり気ない心持で希望している。柿本人麿の和歌を記念碑に刻んで来ることも一つの趣であろう。けれども、藤村氏は、どういう好尚か・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・藤村は国際文化協会という役所から後援され、ペンクラブの大会へ出かけて居ります。昔、フランスへ茶の実をもって行ったように今度のおみやげも日本の植物の実と柿本人麿の和歌です。横光利一はパリにいて、一九二九年以来の花の散ったパリ[自注10]を見て・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 国際ペンクラブ第十四回大会は、この年九月五日から十日間、アルゼンチン首府、ブェノスアイレスに開催され、日本からはじめて島崎藤村、有島生馬の二氏が代表として出席した。大会は、国際事情の複雑な背景を負うた。同じ六月ロンドンで第二回会議を持・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
世界平和大会へ日本の代表は行くことができなかった。世界労連の会議にも出席させられなかった。ペンクラブの大会へ日本の作家が招かれたが、これもゆく人がなかった。代表一人につき百万円の旅費は、作家のふところからは払いきれなかった・・・ 宮本百合子 「再武装するのはなにか」
・・・を完成し、国際ペンクラブ東京招致に成功したりしているのは、その実際の生き方において透谷とは対蹠的な方法を選んだ計画性のためであることも、また、私どもにつたえられている日本文学の財産の性質を吟味する上に意味ふかいことである。 今日のヒュー・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・たとえば国際ペンクラブは、第二次世界大戦のはじまる少し前、ファシズムに対して世界の人民の自由と文化の自由を衛ろうとする大会を開いた。日本からは島崎藤村夫妻が出席した。日本の代表的文学者である藤村が、世界平和とファシズムに反対するためのさまざ・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・「文芸復興」を主張した林房雄などが、いち早く上海でビールに酔って報道記を書いたことも注目される。「ペンクラブ」も国際的連帯をたって「日本ペンクラブ」となり、日本浪漫派の人々は亀井勝一郎、保田与重郎、中河与一を先頭として「日本精神」の謳歌によ・・・ 宮本百合子 「年譜」
六月下旬にパリで四日間に亙って開催された国際ペンクラブの第十五回大会に、有島生馬氏や井上勇氏、久米正雄氏などが出席したことが新聞に出ている。その議事日程の中、委員付託による四つの問題の検討がされている。世界文学に今日のスタ・・・ 宮本百合子 「ペンクラブのパリ大会」
出典:青空文庫