出典:青空文庫
・・・ そこへ偶然自動車を乗りつけたのはあの音楽家のクラバックです。クラバックはこういう光景を見ると、しばらく戸口にたたずんでいました。が、僕らの前へ歩み寄ると、怒鳴りつけるようにマッグに話しかけました。「それはトックの遺言状ですか?」・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ボートのバック台の練習をしながらワレハ海ノ子と歌いだす者がある。議論がはじまる。ラスコリニコフが階段の途中でペンキ屋にどうかされたとかなんとかシロサキが言っている。よせやい、お通夜じゃないか、静にしろとアオヤマが言うとオダが、いやこいつは派・・・ 織田作之助 「道」
・・・単にフィルムの断片をはり合わせるだけで、一度現われたと寸分違わぬ光景を任意にいつでもカットバックしフラッシュバックすることもできる。東京の町とロンドンの町とを一瞬間に取り換えることもできる。また撮影速度の加減によって速いものをおそくも、おそ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・たとえば同じようなスートケースが少なくも四五度現われて、それが皆それぞれ違った役目をつとめると同時にその物を通して過去をフラッシュバックして運命の推移を意識させる。またたとえば教授の出勤時刻をしらせる時計の音が何度も出て来る。教場の光景も初・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・でもフラッシュバックさせるとか、なんとかもう一くふうあってもよさそうに思われた。 滅びた主家の家臣らが思い思いに離散して行く感傷的な終末に「荒城の月」の伴奏を入れたのは大衆向きで結構であるが、城郭や帆船のカットバックが少しくど過ぎてかえ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・でフラッシュバックされて観客の頭の中に浮かぶ。 この「氷を持って来い」が結局大事件の元になっておやじはピエールに二階から突き落とされて死ぬ事になるのである。 この摂氏四十度の暑さと蠅取り紙の場面には相当深刻な真実の暗示があるが、深刻・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・いわゆるカットバックの技巧で過去のシーンを現在に引きもどすことが随意にできるのもおもしろくないことはないが、これは言わば「フィルムの記憶」の利用であって、人間の脳の記憶の代用に過ぎない。しかし真に不思議なのはフィルムの逆行による時の流れの逆・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ 最後の汽車と騎馬との追っ駆けは、無音映画としてはあまりに陳套な趣向であるが、しかしあの機関車の音と画像と、馬のひづめの音と足掻きの絵との加速度的なフラッシュ・バックにはやはりちょっとすぐにはまねのできない呼吸のうまみがあるようである。・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・見込みのない事がわかって来たから、ここらでまず一段落ついた事にしてしばらく放置してみる事にした。バックに緑色の布のかかった箪笥があって、その上に書物や新聞の雑然と置いてあるのがいかにもうるさくて絵全体を俗悪にしてしまうから、あとからすっかり・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・右のほうのバックには構内の倉庫の屋根が黒くそびえて、近景に積んだ米俵には西日が黄金のように輝いており、左のほうの澄み通った秋空に赤や紫やいろいろの煙が渦巻きのぼっているのがあまりに美しかったから、いきなり絵の具箱を柵の上に置いてWCの壁にも・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」