出典:青空文庫
・・・私は絶望と老師を怨じたい気持から涙のにじみでてくる眼をあげて、星もない暗い空を仰いだが、月とも思われない雲の間がひとところポーと黄色く明るんだ。「父だ!」とその瞬間にそう思った。父の亡魂なのだ。不孝の子を父ははるばると訪ねてきてくれたのだと・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・「ポーリンさんにシマノフさん、いらっしゃい」 ウエイトレスの顔は彼らを迎える大仰な表情でにわかに生き生きし出した。そしてきゃっきゃっと笑いながら何か喋り合っていたが、彼女の使う言葉はある自由さを持った西洋人の日本語で、それを彼女が喋・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ダンテは神曲においてポーロとフランチェスカとの不義の愛着を寛大に取り扱った。しかしながら現代の男女としてはかような情緒にほだされていわゆる濡れ場めいた感情過多の陥穽に陥るようなことはその気稟からも主義からも排斥すべきであって、もっと積極的に・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・急にスポーツをやめた故か、人の顔をみると涙がでる、生つばがわく、少しほてる。からだが松葉で一面に痛がゆくなる。『芸術博士』に応募して落ちた時など帯を首にまきつけました。ドストエフスキイ流行直前、彼にこって、タッチイを臭い文学理論でなやまし、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・西洋人の大きな洋館、新築の医者の構えの大きな門、駄菓子を売る古い茅葺の家、ここまで来ると、もう代々木の停留場の高い線路が見えて、新宿あたりで、ポーと電笛の鳴る音でも耳に入ると、男はその大きな体を先へのめらせて、見栄も何もかまわずに、一散に走・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ アラン・ポーの短編の中に、いっしょに歩いている人の思っていることをあてる男の話があるが、あれはいかにももっともらしい作り事である。しかしまんざらのうそでもないのである。 二 睡蓮を作っている友人の話である。・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・先生が大学の図書館で書架の中からポーの全集を引きおろしたのを見たのは昔の事である。先生はポーもホフマンも好きなのだと云う。この夕その烏の事を思い出して、あの烏はどうなりましたと聞いたら、あれは死にました、凍えて死にました。寒い晩に庭の木の枝・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
わたくしはあるひとから云いつけられて、この手紙を印刷してあなたがたにおわたしします。どなたか、ポーセがほんとうにどうなったか、知っているかたはありませんか。チュンセがさっぱりごはんもたべないで毎日考えてばかりいるのです。・・・ 宮沢賢治 「手紙 四」
・・・ やがて食事当番の子供が二人がかりで大きいお鍋を運んで来て、角テーブルの上へおきました。ポーポー湯気がたって、美味そうな匂いがする。スープです。 別の当番の子供たちが、それを順ぐりにアルミの鉢に入れてくばる。 そこへ、「子供・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・ 二十五日 CC夫人ポーリンとワシントンに立つ。送る。 CCの車にて見物 美くしき小家、 二十六日 L. A. を立ち、サンフランシスコ着 二十七日 Thanksgiving Day. 夜立つ 二十・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」