出典:青空文庫
・・・戊申(天智天皇日本の船師、始めて至り、大唐の船師と合戦う。日本利あらずして退く。己酉……さらに日本の乱伍、中軍の卒を率いて進みて大唐の軍を伐つ。大唐、便ち左右より船を夾みて繞り戦う。須臾の際に官軍敗績れぬ。水に赴きて溺死る者衆し。艫舳、廻旋・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・は稀なだけにどんなに尊いかしれない。天智天皇と藤原鎌足のような君臣の一生的の結びは彼の漢の高祖や源頼朝などの君臣の例と比べて如何に美しく、乃木夫妻のようなのは夫婦の結びの亀鑑である。リープクネヒトとローザ・ルクセンブルグとのようなのは師弟と・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・たとえば、天智天皇のみ代だけについて見ても「是歳水碓を造り而冶※」とか「始て漏剋を用う」とか貯水池を築いて「水城」と名づけたとか、「指南車」「水みずばかり」のような器械の献上を受けたり、「燃ゆる土、燃ゆる水」の標本の進達があったりしたような・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・我輩がほととぎすを読んでいるのを見て、君も天智天皇の方はやれるのかいと聴た男だ。その日本人がとうとう逃出す。残るは我輩一人だ。こうなると家を畳むより仕方がない。そこでこれから南の方にあたる倫敦の町外れ――町外れと云っても倫敦は広い、どこまで・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」