とく【疾く】例文一覧 30件

  1. ・・・ 人の妻と、かかる術して忍び合うには、疾く我がためには、神なく、物なく、父なく、母なく、兄弟なく、名誉なく、生命のないことを悟っていたけれども、ただ世に里見夫人のあるを知って、神仏より、父より、母より、兄弟より、名誉より、生命よりは便に・・・<泉鏡花「伊勢之巻」青空文庫>
  2. ・・・と道の中へ衝と出た、人の飛ぶ足より疾く、黒煙は幅を拡げ、屏風を立てて、千仭の断崖を切立てたように聳った。「火事だぞ。」「あら、大変。」「大いよ!」 火事だ火事だと、男も女も口々に――「やあ、馬鹿々々。何だ、そんな体で、引・・・<泉鏡花「瓜の涙」青空文庫>
  3. ・・・それが夜ででもあればだが、真昼中狂気染みた真似をするのであるから、さすがに世間が憚られる、人の見ぬ間を速疾くと思うのでその気苦労は一方ならなかった。かくてともかくにポストの三めぐりが済むとなお今一度と慥めるために、ポストの方を振り返って見る・・・<泉鏡花「おばけずきのいわれ少々と処女作」青空文庫>
  4. ・・・ 向うも、ふわふわと疾くなるだ。 こりゃ、なんねえ、しょことがない、ともう打ちゃらかして、おさえて突立ってびくびくして見ていたらな。やっぱりそれでも、来やあがって、ふわりとやって、鳥のように、舳の上へ、水際さ離れて、たかったがね。一・・・<泉鏡花「海異記」青空文庫>
  5. ・・・ が、鬼神の瞳に引寄せられて、社の境内なる足許に、切立の石段は、疾くその舷に昇る梯子かとばかり、遠近の法規が乱れて、赤沼の三郎が、角の室という八畳の縁近に、鬢の房りした束髪と、薄手な年増の円髷と、男の貸広袖を着た棒縞さえ、靄を分けて、は・・・<泉鏡花「貝の穴に河童の居る事」青空文庫>
  6. ・・・ 七兵衛は腰を撓めて、突立って、逸疾く一間ばかり遣違えに川下へ流したのを、振返ってじっと瞶め、「お客様だぜ、待て、妙法蓮華経如来寿量品第十六。」と忙しく張上げて念じながら、舳を輪なりに辷らして中流で逆に戻して、一息ぐいと入れると、小・・・<泉鏡花「葛飾砂子」青空文庫>
  7. ・・・ 質の出入れ――この質では、ご新姐の蹴出し……縮緬のなぞはもう疾くにない、青地のめりんす、と短刀一口。数珠一聯。千葉を遁げる時からたしなんだ、いざという時の二品を添えて、何ですか、三題話のようですが、凄いでしょう。……事実なんです。貞操・・・<泉鏡花「木の子説法」青空文庫>
  8. ・・・九十の老齢で今なお病を養いつつ女の頭領として仰がれる矢島楫子刀自を初め今は疾くに鬼籍に入った木村鐙子夫人や中島湘烟夫人は皆当時に崛起した。国木田独歩を恋に泣かせ、有島武郎の小説に描かれた佐々木のぶ子の母の豊寿夫人はその頃のチャキチャキであっ・・・<内田魯庵「三十年前の島田沼南」青空文庫>
  9. ・・・こんなに汽車は疾く走っています。」といいました。 これを聞くと、くまは、さげすむような、また、あわれむような目つきをして、鶏をながめていました。そしていいました。「おまえさんは、羽を持っているじゃないか。なんのための羽なんですか。私・・・<小川未明「汽車の中のくまと鶏」青空文庫>
  10. ・・・いまさら帰らぬことながら、わしというものないならば、半兵衛様もお通に免じ、子までなしたる三勝どのを、疾くにも呼び入れさしゃんしたら、半七さんの身持も直り、ご勘当もあるまいに……」と三勝半七のサワリを語りながらやって来るのは、柳吉に違いなかっ・・・<織田作之助「夫婦善哉」青空文庫>
  11. ・・・途端に罪の無い笑は二人の面に溢れて、そして娘の歩は少し疾くなり、源三の歩は大に遅くなった。で、やがて娘は路――路といっても人の足の踏む分だけを残して両方からは小草が埋めている糸筋ほどの路へ出て、その狭い路を源三と一緒に仲好く肩を駢べて去った・・・<幸田露伴「雁坂越」青空文庫>
  12. ・・・さてはいよいよこれなりけりと心勇みて、疾く嚮導すべき人を得んと先ず観音堂を索むるに、見渡す限りそれかと覚しきものも見えねばいささか心惑う折から、寒月子は岨道を遥かに上り行きて、ここに堂あり堂ありと叫ぶ。嬉しやと己も走り上りて其処に至れば、眼・・・<幸田露伴「知々夫紀行」青空文庫>
  13. ・・・ 少し気の毒なような感じがせぬではなかったが、これが少年でなくて大人であったなら疾くに自分は言出すはずのことだったから、仕方がないと自分に決めて、 兄さん、済まないけれどもネ、お前の坐っているところを、右へでも左へでも宜いから、一間・・・<幸田露伴「蘆声」青空文庫>
  14. ・・・おげんが国からお新を連れてあの家を見に行った頃は、旦那はもう疾くにおげんの側に居なかった。家も捨て、妻も捨て、子も捨て、不義理のあるたけを後に残して行く時の旦那の道連には若い芸者が一人あったとも聞いたが、その音信不通の旦那の在所が何年か後に・・・<島崎藤村「ある女の生涯」青空文庫>
  15. ・・・早起の先生は時間を待ち切れないで疾くに家を出た。裏庭には奥さんだけ居て、主婦らしく畠を見廻っていた。「でも、高瀬さん、田舎ですね。後の方にある桑畠まで皆なこの屋敷に附いてるんですよ――」 と奥さんは言って聞かせた。 草の芽が見え・・・<島崎藤村「岩石の間」青空文庫>
  16. ・・・あの満天星を御覧、と言われて見ると旧い霜葉はもう疾くに落尽して了ったが、茶色を帯びた細く若い枝の一つ一つには既に新生の芽が見られて、そのみずみずしい光沢のある若枝にも、勢いこんで出て来たような新芽にも、冬の焔が流れて来て居た。満天星ばかりで・・・<島崎藤村「三人の訪問者」青空文庫>
  17. ・・・お三輪が小竹の隠居と言われる時分には、旦那は疾くにこの世にいない人で、店も守る一方であったが、それでも商法はかなり手広くやり、先代が始めた上海の商人との取引は新七の代までずっと続いていた。 お三輪は濃い都会の空気の中に、事もなく暮してい・・・<島崎藤村「食堂」青空文庫>
  18. ・・・ロレンツのごとき優れた老大家は疾くからこの問題に手を附けて、色々な矛盾の痛みを局部的の手術で治療しようとして骨折っている間に、この若い無名の学者はスイスの特許局の一隅にかくれて、もっともっと根本的な大手術を考えていた。病の根は電磁気や光より・・・<寺田寅彦「アインシュタイン」青空文庫>
  19. ・・・ 疾くに故人となった甥の亮が手製の原始的な幻燈を「発明」したのは明らかにこれらの刺激の結果であったと思われる。その「器械」は実に原始的なものであった。本箱の上に釘を二本立ててその間にわずかに三寸四角ぐらいの紙を張ったのがスクリーンである・・・<寺田寅彦「映画時代」青空文庫>
  20. ・・・あるものは緩く、あるものは疾く遶る。またある時は輪さえ描く隙なきに乱れてしまう。「荼毘だ、荼毘だ」と丸顔の男は急に焼場の光景を思い出す。「蚊の世界も楽じゃなかろ」と女は人間を蚊に比較する。元へ戻りかけた話しも蚊遣火と共に吹き散らされてしもう・・・<夏目漱石「一夜」青空文庫>
  21. ・・・常に勝る豊頬の色は、湧く血潮の疾く流るるか、あざやかなる絹のたすけか。ただ隠しかねたる鬢の毛の肩に乱れて、頭には白き薔薇を輪に貫ぬきて三輪挿したり。 白き香りの鼻を撲って、絹の影なる花の数さえ見分けたる時、ランスロットの胸には忽ちギニヴ・・・<夏目漱石「薤露行」青空文庫>
  22. ・・・先生が疾くに索寞たる日本を去るべくして、いまだに去らないのは、実にこの愛すべき学生あるがためである。 京都の深田教授が先生の家にいる頃、いつでも閑な時に晩餐を食べに来いと云われてから、行かずに経過した月日を数えるともう四年以上になる。よ・・・<夏目漱石「ケーベル先生」青空文庫>
  23. ・・・横たわりて起きぬ間を、疾くも縫えるわが短刀の光を見よ。吾ながら又なき手柄なり。……」ブラヴォーとウィリアムは小声に云う。「巨人は云う、老牛の夕陽に吼ゆるが如き声にて云う。幻影の盾を南方の豎子に付与す、珍重に護持せよと。われ盾を翳してその所以・・・<夏目漱石「幻影の盾」青空文庫>
  24. ・・・しかのみならず今日に至ては、その御広間もすでに湯屋の薪となり、御記録も疾く紙屑屋の手に渡りたるその後において、なお何物に恋々すべきや。また今の旧下士族が旧上士族に向い、旧時の門閥虚威を咎めてその停滞を今日に洩らさんとするは、空屋の門に立て案・・・<福沢諭吉「旧藩情」青空文庫>
  25. ・・・さる無駄口に暇潰さんより手取疾く清元と常磐津とを語り較べて聞かすが可し。其人聾にあらざるよりは、手を拍ってナルといわんは必定。是れ必竟するに清元常磐津直接に聞手の感情の下に働き、其人の感動を喚起し、斯くて人の扶助を待たずして自ら能く説明すれ・・・<二葉亭四迷「小説総論」青空文庫>
  26. ・・・思想じゃ人生の意義は解らんという結論までにゃ疾くに達しているくせに、まだまだ思想に未練を残して、やはり其から蝉脱することが出来ずに居るのが今の有様だ。文学が精神的の人物の活動だというが、その「精神」が何となく有り難く見えるのは、その余弊を受・・・<二葉亭四迷「私は懐疑派だ」青空文庫>
  27. ・・・いえ、そのお庭の戸は疾くに閉めてあるのでございますから、気味が悪うございます。何しろ。主人。どうしたと。家来。ははあ、また出て来て、庭で方々へ坐りました。あのアポルロの石像のある処の腰掛に腰を掛ける奴もあり、井戸の脇の小蔭に蹲む奴も・・・<著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外「痴人と死と」青空文庫>
  28. ・・・さあ、家畜は肥りますよ、全く動物は一つの器械でその脚を疾くするには走らせる、肥らせるには食べさせる、卵をとるにはつるませる、乳汁をとるには子を近くに置いて子に呑ませないようにする、どうでも勝手次第なもんです。決して心配はありません。まだまだ・・・<宮沢賢治「ビジテリアン大祭」青空文庫>
  29. ・・・ しかしこの或物が父に無いということだけは、花房も疾くに気が付いて、初めは父がつまらない、内容の無い生活をしているように思って、それは老人だからだ、老人のつまらないのは当然だと思った。そのうち、熊沢蕃山の書いたものを読んでいると、志を得・・・<森鴎外「カズイスチカ」青空文庫>
  30. ・・・しかしそれはあの男のためには、疾くに一切折伏し去った物に過ぎぬ。 暴風が起って、海が荒れて、波濤があの小家を撃ち、庭の木々が軋めく時、沖を過ぎる舟の中の、心細い舟人は、エルリングが家の窓から洩れる、小さい燈の光を慕わしく思って見て通るこ・・・<著:ランドハンス 訳:森鴎外「冬の王」青空文庫>