あいち‐ばんぱく【愛知万博】
平成17年(2005)3月25日から9月25日までの間、名古屋東部丘陵(長久手町・豊田市および瀬戸市)で開催された国際博覧会。テーマは「自然の叡智(えいち)」。121か国と4国際機関が参加。総入...
あい‐ちょう【愛寵】
特別に目をかけてかわいがること。寵愛。「—比無き李夫人の兄たる弐師(じし)将軍」〈中島敦・李陵〉
あい‐の‐やま【間の山】
三重県伊勢市の地名。伊勢神宮の内宮と外宮との間にある丘陵。近世は遊里もあった。 「間の山節」の略。
あお‐すげ【青菅】
カヤツリグサ科の多年草。丘陵や低地に生える。高さ10〜40センチ。葉・茎は青緑色。春から夏にかけて淡黄白色の穂をつける。
あさお【麻生】
神奈川県川崎市北西部の区名。丘陵地にある。
丘陵
a hill多摩丘陵the Tama hills丘陵地帯hilly country [areas]
御陵
an Imperial mausoleum ((複 -lea))多摩御陵the Tama Mausoleum
段段
1⇒かいだん(階段),だん(段)丘陵に宅地を段々に造ったThey terraced the hillside with housing lots.2〔次第に,順を追って〕gradually段々難...
踏破
房総半島を踏破する「travel across [《文》 traverse] the Boso Peninsula on foot彼は丘陵地帯を1週間かけて踏破したHe spent a week...
陵
a mausoleum [mɔ̀ːsəlíːəm|-líəm] ((複 ~s, -lea))御陵an Imperial mausoleum
ごりょう【御陵】
[共通する意味] ★天皇、皇后、皇太后、太皇太后の墓。[英] an Imperial tomb[使い方]〔御陵〕▽昭和天皇の御陵〔陵〕▽仁徳天皇の陵にもうでる〔山陵〕▽山陵奉行〔陵墓〕▽陵墓の多...
みささぎ【陵】
[共通する意味] ★天皇、皇后、皇太后、太皇太后の墓。[英] an Imperial tomb[使い方]〔御陵〕▽昭和天皇の御陵〔陵〕▽仁徳天皇の陵にもうでる〔山陵〕▽山陵奉行〔陵墓〕▽陵墓の多...
さんりょう【山陵】
[共通する意味] ★天皇、皇后、皇太后、太皇太后の墓。[英] an Imperial tomb[使い方]〔御陵〕▽昭和天皇の御陵〔陵〕▽仁徳天皇の陵にもうでる〔山陵〕▽山陵奉行〔陵墓〕▽陵墓の多...
りょうぼ【陵墓】
[共通する意味] ★天皇、皇后、皇太后、太皇太后の墓。[英] an Imperial tomb[使い方]〔御陵〕▽昭和天皇の御陵〔陵〕▽仁徳天皇の陵にもうでる〔山陵〕▽山陵奉行〔陵墓〕▽陵墓の多...
だいち【台地】
[共通する意味] ★周囲より小高くなっている土地。[使い方]〔台地〕▽台地なので大雨でもすぐ水がひく▽武蔵野台地〔高台〕▽港を見おろす高台▽家が高台にあるので見晴らしがいい〔丘〕▽丘の上からあた...
かりょうじょうたい【下陵上替】
世の中が大いに乱れた様子。下克上げこくじょうが行われている世をいう。下の者が上をしのいで、上の者が衰える意。▽「陵」はしのぐ意。「替」はすたれる、衰えること。「下しも陵しのぎ上かみ替すたる」と訓読する。
しじんそうおう【四神相応】
天の四神(四方の方角をつかさどる神)に応じた地上で最もよい地勢のこと。左(東)に流水のあるのを青竜せいりゅう、右(西)に大道のあるのを白虎びゃっこ、前(南)にくぼ地のあるのを朱雀しゅじゃく、後ろ(北)に丘陵のあるのを玄武げんぶとする。平安京はそれにかなう地とされる。▽「相応」はつりあう、ふさわしい意。
にちりょうげったい【日陵月替】
日に日に衰退していくこと。▽「陵」は丘、また衰える、廃れる意。「替」は廃れることで、丘がだんだん低くなるように衰えること。「日~月~」は日に日にそうなっていくこと。「日ひに陵りょうし月つきに替たいす」と訓読する。
ぶりょうとうげん【武陵桃源】
俗世間からかけ離れた平和な別天地、理想郷のこと。▽「武陵」は地名。中国湖南省こなんしょうにある。「桃源」は世俗を離れた平和な別天地。
あいづや‐はちえもん【会津屋八右衛門】
[?〜1836]江戸後期の廻船問屋。石見(いわみ)の人。竹島(現在の鬱陵島(うつりょうとう))を拠点に密貿易を行ったが、幕府に探知され死罪となった。
しば‐せん【司馬遷】
[前145ころ〜前86ころ]中国、前漢の歴史家。夏陽(陝西(せんせい)省)の人。字(あざな)は子長。武帝の時、太史令となり、暦法の改革に参加。匈奴に降った李陵を弁護したため宮刑に処せられ、のち...
しゅんしん‐くん【春申君】
[?〜前238]中国、戦国時代の楚(そ)の宰相。姓は黄。名は歇(けつ)。食客三千余人を養い、権勢は楚王をしのいだという。斉の孟嘗君、趙の平原君、魏の信陵君とともに戦国の四君の一人。
じょ‐き【徐熙】
中国五代南唐の画家。鐘陵(江西省)の人。花鳥画をよくし、墨の濃淡を主体に淡彩を添える手法により、孫(一説には子)の徐崇嗣(じょすうし)とともに徐氏体の創始者とされる。生没年未詳。
もり‐こういち【森浩一】
[1928〜2013]考古学者。大阪の生まれ。同志社大教授。考古学と歴史学を結びつける古代学の見地から、古代地域文化の実証に尽力。三角縁神獣鏡の国産説を唱えたほか、陵墓に指定されている古墳を所在...