・・・個体の死に付随する感傷的な哀詩などは考えないほうが健全でいいかもしれない。 工場のみならず至るところに安普請の家が建ちかかっているのがこのあいだじゅう目についていた。ひところ騒がしかった住宅難の解決がこんなふうにしてなしくずしについてい・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
ユーゴーは『哀史』の一節にウォータールーの戦いを叙してこう云っている。「もし一八一五年六月十七日の晩に雨が降らなかったら、ヨーロッパの未来は変っただろう」と。雨が降って地面が柔らかくなり、ナポレオンが力と頼む砲兵の活動に不・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・故細井和喜蔵氏によって著わされた「女工哀史」はそういう特性をもった日本の若い無抵抗な労働婦人が、ある時代に経なければならなかった生活記録として、世界的な意味をもつ古典なのである。 今日の生産拡充の要求は、これまでならばオフィス・ガールに・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・また細井和喜蔵の「女工哀史」は日本の悲劇的記録である。第一次ヨーロッパ大戦後に出来た国際連盟の世界労働問題の専門部では、日本の労働者のおかれている条件は全く植民地労働の条件だと定義された。つまり世界労働賃金平均の半分から、三分の一の賃金で日・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・細井和喜蔵の「女工哀史」「奴隷」等は新たな文学の波がもたらした収穫であった。 この新興文学の社会的背景が、ヨーロッパ大戦後の日本の社会の現実的な生活感情と如何に血肉的に結ばれていたものであったかと云うことは、有島武郎の「宣言一つ」などを・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
六月五日の読売新聞に「女工哀史の寄宿舎通勤制に」という記事が出ていた。 経済再建のトップに立つ日本の紡績界の半封建のままの少女労働の搾取に対して、厚生省が、一、女工寄宿舎制度の撤廃、二、遠隔地からの女工員募集禁止、三、・・・ 宮本百合子 「その檻をひらけ」
・・・その点についての実際は例えば細井和喜蔵の「女工哀史」などはただ一巻の頁のうちに若く稚い魂と肉体の無限の呻吟をつたえている。そうだとすれば、何故、近代日本の文学の作品は異った形でいくつかの「車輪の下」や「プチ・ショウズ」を持たなかったのだろう・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
出典:青空文庫