・・・どうせ吉弥が僕との関係を正直にうち明かすはずはないが、実は全く青木の物になっていて、かげでは、二人して僕のことを迂濶な奴、頓馬な奴、助平な奴などあざ笑っているのかも知れないと、僕は非常に不愉快を感じた。 しかし、不愉快な顔を見せるのは、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そう思うと、いくらか元気が出て、泣きながら夜を明かすと、また歩きました。 東京へ着いたのは、大阪を出て十八日目の夕方でした。桔梗屋のお内儀に教えてもらった文子の住居を、芝の白金三光町に探しあてたのは、その日の夜更け。文子は女中と二人暮し・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・良い思案も泛ばず、その夜は大阪駅で明かすことにしたが、背負っていた毛布をおろしてくるまっていても、夏服ではガタガタ顫えて、眼が冴えるばかりだった。駅の東出口の前で焚火をしているので、せめてそれに当りながら夜を明かそうと寄って行くと、無料では・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ もう地下鉄の中ででも夜を明かすより方法がない、と娘の方へ半泣きの顔を向けると、「もう一軒当ってみましょう。――ほら、あそこに……」 小沢は寄って行って、ベルを鳴らした。暫らくすると、女中が寝巻のままで起きて来て、玄関をあけた。・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 第二のクライマックスは赤穂城内で血盟の後復讐の真意を明かすところである。内蔵助が「目的はたった一つ」という言葉を繰り返す場面で、何かもう少しアクセントをつけるような編集法はないものかと思われた。たとえば城代の顔と二三の同志の顔のクロー・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・T君が今夜は一晩星をねらいながら明かすことであろうと思って寝床にはいった。 寝ながら、T君の小浅間頂上のテント生活と、近代青年男女の間に流行するいわゆるキャンプ生活との対照を思い浮かべてみた。後者のままごと式の野営生活もたしかに愉快でも・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ 野球戦の入場券一枚を手に入れるために前夜からつめかけて秋雨の寒い一夜を明かす勇敢な人たちの話は彼を驚かし感心させた。そして彼自身の学問の研究にこれだけの犠牲を払う勇気と体力を失った自分を残念に思わせた。 慶応が勝つと銀座が荒らされ・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
出典:青空文庫