・・・また同じ映画でダンス場における踊る主人公とこれをねらう悪漢との交互的律動的モンタージュもこれと全く同様である。これは二つの画面の接触作用によって観客の心に生ずる反応作用をその自然のリズムに従って誘導して行くのである。それでこのモンタージュの・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・掏摸に金をすられた肥った年増の顔、その密告によって疑いの目を見張る刑事の典型的な探偵づら、それからポーラを取られた意趣返しの機会をねらう悪漢フレッド、そういう顔が順々に現われるだけでそれをながめる観客は今までに起こって来た事件の行きさつを一・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・門番のおばさんでも、気の変な老紳士でも、メーゾン・レオンの亭主でも、悪漢とその手下でも、また町のオーケストラでも、やっぱり縦から見ても横から見てもパリの場末のそれらのタイプである。 レオンの店をだされたアンナが町の花屋の屋台の花をぼんや・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・それが友だちと二人で悪漢の銀行破りの現場に虜になって後ろ手に縛られていながら、巧みにナイフを使って火災報知器の導線を短絡させて消防隊を呼び寄せるが、火の手が見えないのでせっかく来た消防が引き上げてしまう。それでもう一ぺん同じように警報を発し・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・探偵が来て「可能的悪漢」と話していると、隣室から土人娘の子守歌が聞こえる。それに探偵が聞き耳を立てるところに一編の山がある。こういう例はあげれば際限なくあげられるかもしれないが、しかし概して自動車の音、ピストルの響きの紋切り形があまりにうる・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・そうして最も純潔な尼僧の生活から、一朝つまらぬ悪漢に欺かれて最も悲惨な暗黒の生涯に転落する、というような実験を、忠実に行なった作品があるとする。それを読む読者は、彼女の中に不変なエネルギーのようなあるものが、環境に応じて種々ちがった相を現わ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・そこでダンサーに身の上話をさせることによって悪漢騎手の旧情夫の存在を観客に呑込ませる。そうして後に不利な証拠物件を提供するためにダンサーの指環を靴磨きに贈らせ、靴磨きの金鎚をその部屋に遺却させる。彼等のアパートにおける目撃者としてアパートの・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・酒場で悪漢が密談している間に、隣室で球突きのゲームをとる声と球の音が聞こえている。その音が急に高くなったと思うとドアーが開いて女が現われるというようなのは、これは、光が届かぬのに音の届く場合である。これに反して、ガラス窓の向こうで男女が何か・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・如何に人間の弱点を書いたものでも、その弱点の全体を読む内に何処にかこれに対する悪感とか、あるいは別に倫理的の要求とかが読者の心に萌え出づるような文学でなければならぬ。これが人心の自然の要求で、芸術もまたこの範囲にある。今の一部の小説が人に嫌・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・学校時代のことを考えると、今でも寒々とした悪感が走るほどである。その頃の生徒や教師に対して、一人一人にみな復讐をしてやりたいほど、僕は皆から憎まれ、苛められ、仲間はずれにされ通して来た。小学校から中学校へかけ、学生時代の僕の過去は、今から考・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
出典:青空文庫