・・・ それから僕は心配だから、ネリの処に番しようか、ペムペルについて行こうか、ずいぶんしばらく考えたけれども、いくらそこらを飛んで見ても、みんな看板ばかり見ていて、ネリをさらって行きそうな悪漢は一人も居ないんだ。 そこで安心して、ペムペ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・堪らず私を笑わせたのは、そんな悪漢まがいの風体をしながら、肩つきにしろ、体つきにしろまるでふわふわで、子供っぽくて――謂わば小さな子が大人の帽子でもかぶったようなところのあることだ。 真似が上手ければ上手いほど可笑しい。自然に溢れる滑稽・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・云われた者は、教えられた感謝より、いつも、苦々しい悪感、恥かしさ、敵慨心を刺戟されるように扱われるのである。 中には、一人二人、特にいつも目をつけられ、ことごとに冷笑を浴びる者もある。 それでも、その朝は無事で、大抵の者が通り抜けた・・・ 宮本百合子 「追想」
・・・伸子は、或人のおできが自分に悪感を催させるからと云って、其人に悪意がない以上とがめられない、気の毒さを感じた。 ○佃が、下の賑やかな笑い声を叱ったこと。 ○札を下げたこと。 ○西君が水に溺れかかったとき、彼に親切にすることについ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(一)」
・・・例えば書物はよく悪漢、慾深、卑劣漢などが出現するのであるが、本に出て来る悪漢その他は、いかに惨忍であるにしろ、その惨忍さはどっちかというと事務的で、何故その男がこんなに惨忍なのか大抵その理由や動機がわかるように書かれている。ところがゴーリキ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・私はあの人を少しでもよくしなければならない立場にありながら、あの人に対する自分の悪感のみを表わしたのです。私の悪感は彼をますます悪くしようとも、善くするはずはありません。すでにこれまでにも彼を圧迫する事によって彼の自暴自棄を手伝ったのは、私・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫