朝六つの橋を、その明方に渡った――この橋のある処は、いま麻生津という里である。それから三里ばかりで武生に着いた。みちみち可懐い白山にわかれ、日野ヶ峰に迎えられ、やがて、越前の御嶽の山懐に抱かれた事はいうまでもなかろう。――・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・はそれから毎年のように訪ねて来たが、麻生の方で冬籠りするように成ってからは一層この訪問者を見直すようになった。「冬」で思出す。かつて信濃で逢った「冬」は私に取って一番親しみが深い。毎年五ヵ月の長い間も私は「冬」と一緒に暮らした。けれどもあの・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・このお方は麻生農学校の先生です。」 私はちょっと礼をしました。「で武田金一郎をどう処罰したらいいかというのだね。お客さまの前だけれども一寸呼んでおいで。」 三学年担任の茶いろの狐の先生は、恭しく礼をして出て行きました。間もなく青・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・お見忘になりましたか知れませんが、戦地でお世話になった輜重輸卒の麻生でござります。」「うむ。軍司令部にいた麻生か。」「はい。」「どうして来た。」「予備役になりまして帰っております。内は大里でございます。少佐殿におなりになって・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫