・・・今年は朝顔の培養に失敗した事、上野の養育院の寄附を依頼された事、入梅で書物が大半黴びてしまった事、抱えの車夫が破傷風になった事、都座の西洋手品を見に行った事、蔵前に火事があった事――一々数え立てていたのでは、とても際限がありませんが、中でも・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・毎朝顔を合せる度にお互の鼻の匂を嗅ぎ合う、大の仲よしの黒なのです。 白は思わず大声に「黒君! あぶない!」と叫ぼうとしました。が、その拍子に犬殺しはじろりと白へ目をやりました。「教えて見ろ! 貴様から先へ罠にかけるぞ。」――犬殺しの目に・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・「新朝顔日記」「カルメン」「高い山から谷底見れば」――あとは婦人雑誌が七八冊あるばかりで、残念ながらおれの小説集などは、唯一の一冊も見当らない。それからその机の側にある、とうにニスの剥げた茶箪笥の上には、頸の細い硝子の花立てがあって、花びら・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ 真中に際立って、袖も襟も萎えたように懸っているのは、斧、琴、菊を中形に染めた、朝顔の秋のあわれ花も白地の浴衣である。 昨夜船で助けた際、菊枝は袷の上へこの浴衣を着て、その上に、菊五郎格子の件の帯上を結んでいたので。 謂は何かこ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・枝に渡して、ほした大根のかけ紐に青貝ほどの小朝顔が縋って咲いて、つるの下に朝霜の焚火の残ったような鶏頭が幽に燃えている。その陽だまりは、山霊に心あって、一封のもみじの音信を投げた、玉章のように見えた。 里はもみじにまだ早い。 露地が・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・連れて不忍の蓮見から、入谷の朝顔などというみぎりは、一杯のんだ片頬の日影に、揃って扇子をかざしたのである。せずともいい真似をして。……勿論、蚊を、いや、蚊帳を曲して飲むほどのものが、歩行くに日よけをするわけはない。蚊帳の方は、まだしかし人ぎ・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・椿岳の画を愛好する少数好事家ですらが丁度朝顔や万年青の変り種を珍らしがると同じ心持で芸術のハイブリッドとしての椿岳の奇の半面を鑑賞したに過ぎなかったのだ。 椿岳の画が俄に管待やされ初して市価を生じたのはマダ漸く十年かそこらである。その市・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そこの今にも倒れそうになっている古板塀に縄を張って、朝顔がからましてあった。それがまた非常な勢いで蔓が延びて、先きを摘んでも摘んでもわきから/\と太いのが出て来た。そしてまたその葉が馬鹿に大きくて、毎日見て毎日大きくなっている。その癖もう八・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・our et de la mort.D. H. Lawrence : Sons and lovers.Andr Gide : La porte troite.万葉集、竹取物語、近松心中物、朝顔日記、壺坂霊験記。樋口一葉 にご・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・花を能く見玉え、必らず螺形に花びらが出ている。朝顔の花の咲かない間は即ち渦をなしている。釘も螺状の釘が良いのサ。コロック抜きも螺状をなしているから能く突込めるのだよ。道路は即ち螺状を平面にしたようについているものだよ。事々物々皆螺旋サ。波線・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
出典:青空文庫