・・・こんな山が屏風をめぐらしたようにつづいた上には浅黄繻子のように光った青空がある。青空には熱と光との暗影をもった、溶けそうな白い雲が銅をみがいたように輝いて、紫がかった鉛色の陰を、山のすぐれて高い頂にはわせている。山に囲まれた細長い渓谷は石で・・・ 芥川竜之介 「槍が岳に登った記」
・・・桜山の背後に、薄黒い雲は流れたが、玄武寺の峰は浅葱色に晴れ渡って、石を伐り出した岩の膚が、中空に蒼白く、底に光を帯びて、月を宿していそうに見えた。 その麓まで見通しの、小橋の彼方は、一面の蘆で、出揃って早や乱れかかった穂が、霧のように群・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・あくどい李の紅いのさえ、淡くくるくると浅葱に舞う。水に迸る勢に、水槽を装上って、そこから百条の簾を乱して、溝を走って、路傍の草を、さらさらと鳴して行く。 音が通い、雫を帯びて、人待石――巨石の割目に茂った、露草の花、蓼の紅も、ここに腰掛・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・少兀の紺の筒袖、どこの媽々衆に貰ったやら、浅黄の扱帯の裂けたのを、縄に捩った一重まわし、小生意気に尻下り。 これが親仁は念仏爺で、網の破れを繕ううちも、数珠を放さず手にかけながら、葎の中の小窓の穴から、隣の柿の木、裏の屋根、烏をじろりと・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・娘の帯の、銀の露の秋草に、円髷の帯の、浅葱に染めた色絵の蛍が、飛交って、茄子畑へ綺麗にうつり、すいと消え、ぱっと咲いた。「酔っとるでしゅ、あの笛吹。女どもも二三杯。」と河童が舌打して言った。「よい、よい、遠くなり、近くなり、あの・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・思切って、ぺろ兀の爺さんが、肥った若い妓にしなだれたのか、浅葱の襟をしめつけて、雪駄をちゃらつかせた若いものでないと、この口上は――しかも会費こそは安いが、いずれも一家をなし、一芸に、携わる連中に――面と向っては言いかねる、こんな時に持出す・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 衣の雫 十 待乳屋の娘菊枝は、不動の縁日にといって内を出た時、沢山ある髪を結綿に結っていた、角絞りの鹿の子の切、浅葱と赤と二筋を花がけにしてこれが昼過ぎに出来たので、衣服は薄お納戸の棒縞糸織・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 真綿をスイと繰ったほどに判然と見えるのに、薄紅の蝶、浅葱の蝶、青白い蝶、黄色な蝶、金糸銀糸や消え際の草葉螟蛉、金亀虫、蠅の、蒼蠅、赤蠅。 羽ばかり秋の蝉、蜩の身の経帷子、いろいろの虫の死骸ながら巣を引ひんむしって来たらしい。それ等・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・満更の容色ではないが、紺の筒袖の上被衣を、浅葱の紐で胸高にちょっと留めた甲斐甲斐しい女房ぶり。些と気になるのは、この家あたりの暮向きでは、これがつい通りの風俗で、誰も怪しみはしないけれども、畳の上を尻端折、前垂で膝を隠したばかりで、湯具をそ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・少し茶色のだの、薄黄色だの、曇った浅黄がございましたり。 その燃えさしの香の立つ処を、睫毛を濃く、眉を開いて、目を恍惚と、何と、香を散らすまい、煙を乱すまいとするように、掌で蔽って余さず嗅ぐ。 これが薬なら、身体中、一筋ずつ黒髪の尖・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
出典:青空文庫